第4章

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2  開け放った窓から、玄関の方へと風が通り抜けて、そして、また止まった。  僕はローブの合わせをギュッと寄せ、腰のベルトをきつく締め直しながら、寝室を飛び出す。  リビングルームでは、男ふたりが、向かい合って立っていた。  片や、まあ、「ロマンスグレー」ぐらいには言ってもいいかもしれないような、スッと隙のないシックな装いに身を包んだ男。  もう一方は、ヨレたワイシャツにスーツ姿の無精髭。  もちろん、澁澤の方が秦さんよりも、ずっとずっと年下で、若いはずだ。    ――だが。  いずれにせよ、両者どちらも、朝のすがすがしさからは程遠いような、いい歳のオッサンであることには変わりない。  秦さんに、無断で家に上がり込まれたことについては、それほど驚いてはいなかった。  別に、ここの合鍵ぐらい持ってるだろうとは思っていたし。    でもなんで、今朝?  わざわざ今日、朝っぱらからやって来たりしたんだろう? とは思う。 「まさか」  おとといの電話って……やっぱり秦さんが? と言いかけ、僕は息を飲む。  いや、違う。  だって番号は、スマートフォンに登録してある。  それに、秦さんが僕に、わざわざ「非通知」で掛けてくるなんてありえない。 「え? 秦さん、なんで急に……何の用……?」  僕の声が、なんだか、どこか頼りないみたいにリビングに響いた。  すると、それを上書きするように澁澤が、「おいおい、『なんで?』って、お前、そりゃあ」と続ける。 「そろそろ『坊ちゃん』の火遊びを見るに見かねて、口を出しに来たってところなんじゃないのか? 大方」  僕は澁澤の後ろに立っていたから、その表情は解らなかった。  でも、澁澤はきっと、あのすっとぼけたような、ひょうたんナマズの喰えない顔で、口の端だけで笑っているに違いないと、そう思えた。  そして、僕に顔を向けて立つ秦さんの方は、彫刻みたいに、口もとの皺さえ刻みこまれているかのように、微塵も表情を揺るがせないままだった。
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