第1章

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「別に『危なく』なんかないけどな? 欲しいなら、その薬あげますよ、いくらでも」  僕は微笑む。 「『酸化マグネシウム粉末、一包二グラム』、飲み始めは、そうだな、一日五包までかな、便秘薬としては無難にいいし」  それでいて、薬価なんてタダ同然だ。 「下剤なもんか、ウソつけ」 「へえ? なんで、ウソって分かるの、舐めてみた?」  澁澤は、眉ひとつ動かさずに、平然とキャメルをふかしていた。  僕はさらにあおってみる。 「舐めてみたの? だったら、もう……さ、分かるんじゃないの、勃ってるんだろ、凄く」  僕は、足を延ばして、澁澤が腰に巻いているタオルを捲った。 「おい、そんなんで、俺をおちょくってるつもりか」  その声は、それまでと同じに穏やかなままだったのに、なぜだかちょっと気おされて、僕の足先は、動きを止めて凍りつく。  脚をベッドの中に戻し、僕は、枕に肩を埋めて毛布の中で丸くなった。 「で、オッサン、なんなの? 麻取(マトリ)」 「いや」 「え、じゃあ、組対(ソタイ)?」 「いや」 「え? 刑事じゃないのかよ、もしかしてオッサンも、『カタギじゃない』ってわけ?」  まあ、今どき、タバコなんて吸ってるようじゃ、そりゃカタギなわけないかもな。 「……オッサン言うな」  ボソリとくぐもった声は、ひどく聞き取りにくかったから、僕は「なに? なんだって」と訊き返す。 「オッサン言うなって、言ってんだよ、この……ガキ」  ああ、そうだね。僕が悪かった。  美女に向かって「ブス」って言ったって、鼻で嗤ってあしらわれるだけのこと。  デブに「デブ」と言えば、怒るし、ハゲに「ハゲ」って言ったら、激怒される。  インポのヤクザに「インポ」って言ってしまったら最後、チャカ持ち出されたって、文句は言えない始末になる。  ――つまり、オッサンに向かって、「オッサン」なんて言った、僕が悪かったってことだ。 「でさ、『オッサンじゃない』オッサン。名前は? 何やってる人なの? それで、セックス以外に、僕に何の用?」
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