2.藤原義孝

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ーー 今、外ではもう四月も近いというのにはらはらと細かい雪が降っているらしい。 私はずっと家に篭りっぱなしなのだけれど、雪乃が外の状況を逐一教えてくれる。 天気だけではなくて近くで起こった出来事なども教えてくれるので、私は情報通になったような気がしていた。 初めてここに来てから二週間が経った。 なんとか現代に帰ろうと私は頭を床に打ち付けたりしてみたが駄目だった。 部屋の外に出ようとして雪乃に怒られたこともあった。 最近ではこの時代の生活にも慣れてきたのだが、それを感じる度にもう現代に帰れないのではと恐くなってくる。 現代の家族や友達に早く会いたいし、お風呂や携帯やパソコンも恋しい。 食べ物だってもっと色んな種類を味わいたいし、今はエビフライが食べたい気分だ。 「姫ー今日も来ましたよ」 私は特大エビフライが置かれている食卓を妄想していたせいで垂れ流しになっていた涎を拭う。 これは義孝の声だ。 義孝は私が初めてここに来た日から毎日毎日私の部屋の前に来た。 それでも御簾越しであるという点は変わらない。 顔も見せずに自分の話をし、私の話も時折笑いながら聞いて、そして最後に手を握りながら和歌を置いて帰っていくのである。 その和歌はやはり私が恋文模写をしたものばかりだった。 模写していた時は馬鹿にしていたそれらも、いざ自分が受け取ることになるとなんだか嬉しい気持ちにもなったりする。 義孝は知れば知るほど不思議な男の子だった。人の悪口は絶対に言わないし、威圧してきたりもしない。私のことをいつも優しく好きだと言ってくれる。 私はそんな彼のことをもっと知りたいと思い始めていた。 「義孝、どうして私が好きなの?」 「どうしてですかねぇ。噂とは大きく違っていますし、今迄なら絶対にここに来なくなっているところなのですが、朝起きると貴女に逢いたくなるのです」 他愛もない会話をしばらくした後で、思い切った質問をぶつけてみる。 そして返ってきた言葉に身体全体が火照るのを感じ、下を向いた。 義孝はさらに続ける。 「姫はなんだか守りたくなる存在ですよね。私、多分姫の為なら命をお掛けすることもできますよ」
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