2.藤原義孝

8/10
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「もういいよ!」 義孝の話を無理やり遮り、話を終わらせる。自分から始めた話だったがこれ以上は聞いていられない。 身体が熱いのだ。特に顔が。 「今日はここまでにしておきますね」 少し悪戯に言ってきた義孝にムカっとしたので私の手を握る手をもう片方の手で抓ってやる。 すると義孝は痛がりながら、それでも笑っていた。 「では……さようなら」 義孝はいつも通り和歌を書いて置いて帰っていく。 その和歌を読むのは、いつも義孝が去ったのを確認してからだった。 「この和歌は……最後の和歌の一つ前のやつだ」 好きすぎてもう我慢できそうにない。 そんな想いが込められている。 今日これを渡されたということは、明日渡されるのはあの例の最後の和歌ーー下の句のない和歌ということになる。 「これ、知ってる和歌全て渡されたら私どうなっちゃうんだろう」 仰向けに寝そべり、天井を見上げた。 現代に帰れるのかな? それなら明日がこの平安時代最後の日ということになる。 確証は何もない。 けれどそうなりそうな気がするのだ。 「そうなれば義孝とも明日で最後になるんだよね」 胸が少し痛くなる。 見上げている天井が少しぼやけはじめた。 「姫、体調が優れないのですか?」 雪乃がタイミング悪く入ってくる。 私が首を横に振ると、雪乃は「良かったです」と微笑んだ。 「ねぇ雪乃。私明日が貴女と会うの最後になるかもしれない」 「なにを仰られているのですか。 もしかしてまた脱走を試みるおつもりですか? それは駄目ですよ。私が叱られますから」 「脱走はしないんだけどいなくはなるかもしれない」 雪乃は初めてトイレという言葉を聞いた時と同じ表情になっている。 そりゃ分からないよね。現代に帰るかも、なんてことを簡単に理解されても困る。実際ここに来てしまった私が何も理解出来ていないんだから。 「いなくなるなんて言えば義孝様が悲しまれますよー」 「やっぱりあいつ、悲しむかなぁ」 「あいつなんて言ったら駄目ですよ。それと絶対に悲しまれます」 「案外すぐに忘れたりして」 畳の目を指でなぞる。 小さな畳の棘が指に刺さった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!