2.藤原義孝

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「トイレはどこですか?」 私はやっと人に会えたことに安心しながら、そのお人形様にトイレの場所を聞く。 けれどもお人形様は首を傾げた。 「といれ、とはなんですか?」 「トイレはトイレじゃないですか!」 「そう仰られましても」 何度かそのやり取りを繰り返すが、分かってもらえない。 私は迫り来る尿意に焦りながら自分の股間を指差して「もう無理!」と伝えた。 「あ、ゆまりでしょうか?」 ゆまり? 言葉は分からないけど伝わっている様子は感じられる。 私はとにかく首を縦に振って頷いた。 「そう、それそれ!」 「ゆまりならいつもの場所にありますよ」 「いつもの場所が分からないの」 「どうかされたのですか?」 「そういうの、今はいいから!」 お人形様は怪訝そうに私を見ながら、部屋の中に入って箱を取り出した。 「ここですよ」 「この箱でしろってこと?」 私はまた畳を這いながらその箱の中を見る。蓋を開けるとツンッと尿の嫌な臭いが鼻に突き刺さった。 「うへぇ」 顔をしかめる。 こんなところでしたくない。けどもうこれ以上尿意を我慢できそうにない。 私は仕方なくそれに跨った。 あぁ。私はもうお嫁にいけないかもしれない。 事を済ました私は顔を両手で覆う。 涙が溢れ出しそうだ。 「姫、大丈夫ですか?」 お人形様は私がさっきまで跨っていた箱を片付けてまた部屋に戻ってきた。 グズる私の背中を優しくさすってくれる。 変な着物を着せられてて、髪も勝手に伸びてて、トイレも無くて。 こんなのまるで平安時代に来ちゃったみたいじゃない。 しかも姫って私のこと? 馬鹿にしてるの? 私はお姫様とは性格も容姿も正反対に位置する人間よ。 こんなごっこ遊びはもういいから早く家に帰らせて。 帰ったら最後の和歌もちゃんと書くから…… ついに涙が頬を伝う。 もう家には帰れないのかな? お人形様は私を抱きしめてくれる。 しかし涙は止まらなかった。
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