2.藤原義孝

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「おや? これは珍しいところに遭遇したようですね」 そんな時に御簾越しに聞こえてきた男性の声。 それはよく通るというわけでは無いのに耳にじんわりと残るような深みがあり、落ち着きを与えてくれた。 「あ、貴方は!?」 お人形様の腕に力が入る。 そんな様子を察しているのか姿の見えない男性は「ふっ」と笑い、何かが書かれた紙を御簾の下から通してきた。 「姫と二人きりで話そうと思っていたのにまさか雪乃がいるとは」 「すみません。すぐ離れます」 雪乃と呼ばれたお人形様は私から離れて頭を下げると、来た時と同じ早足で去っていった。 知らない男性と二人きり。 しかも畳には紙が一枚置かれている。 私はまだ涙が乾いていない。 理解が追いつかないんだけど。 「和歌、読んでいただけましたか?」 全く知らない土地に一人置いてけぼりを食らった子供のように思考停止していると、御簾越し男の方から話しかけてきた。 「い、いえ。 すぐに読ませていただきます」 なんとか座ったままで少しずつ動いて和紙を取る。 裏向きになっていたそれを表向きにして読むと、そこには見覚えのある和歌が書かれていた。 「これは……!」 春の季節に好きな人が出来たという内容の、恋文模写で一番初めに写した和歌だ! これはどういうことなの? もしかして、いや、まさかそんなことは。 「あの、貴方はもしかして藤原義孝様ですか?」 声を震わせながら聞いてみる。 和紙を持つ手も震えていた。 「ええ。そうですよ。よくお分かりになりましたね。私も有名になったものだ」 控えめな笑い声が聞こえてくる。 そりゃさっきまで模写してたんだから分かるわよ。と言い返そうとするが、話がややこしくなりそうなのでやめた。 今までは半信半疑で心のどこかでそれは無いでしょって思ってたけど、私、本当に平安時代に来ちゃってたんだ。 しかも藤原義孝のいる時代に。 これからの未来を想いまた泣きそうになって黙っていると、義孝は話を続けてくる。 「おかしいですね。聞いていた噂では強い女性だと伺っていたのですが、僕には非常にか弱い女性に見える」
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