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自分が面白みのない男だなんて、十分に知っていた。
長男だからと親の期待をかけられて育ち、そこそこの会社に勤め、たまに同僚達と飲んで帰宅する、そんなありふれた人間だったからだ。
(昔ながらのサラリーマンだよな。どこにでもいるって感じの)
そう自嘲しながら、三つ年下の弟を思えば、自分との違いに虚しくなる。
弟は明るく、人を楽しませることに長けた男だった。
そう、過去形だ。
「どうして・・・。若いのに、なんで・・・」
地元は遠く、緊急連絡先は自分だ。だから朝から会社に連絡を受け、駆けつければ弟はもう亡くなっていた。
何でも、泊まり込みの仕事で仮眠していると思っていたら、いつの間にか冷たくなっていたそうだ。
「あの、どうぞこちらの椅子に。それから他のご家族にもご連絡なさった方が・・・」
「あ、・・・はい」
看護師に促されてよろよろと座れば、何も考えられなくなる。
ダイビングだのキャンプだのと休日の楽しみも欠かさない弟を、俺は眩しく思っていた。
そんな年上になる独身の義弟を、妻もよく自宅に招いては手料理をふるまっていたものだ。
(そうだ。あいつに連絡しなくては。そして親父とお袋にも。葬儀だって・・・)
そこで近くに置かれていた弟の荷物からバイブ音が響き、反射的にそこからスマホを取り出す。
(・・・って、自分のじゃねえだろっ)
人とはこういう時でも慣れ親しんだ行動をとるものなのか。だが、そこでロック解除してしまったのは、弟のスマホだったからだ。
俺は弟の、弟は俺の誕生日をパスワードにしていた。
(あいつの親しい友人にも連絡してやらねえと)
そんな思いもあった。
だが、見てしまったそのメール内容は、目を疑うものだった。
『やっぱりあなたが好きです。私があの人の奥さんじゃなかったら受け入れてくれましたか? 本気なの。お願い、返事をください』
信じたくなかった。それが、自分の妻から弟に送られたものだなんて。
ガンガンと頭の中で銅鑼の音が大きく響き、目の前が暗くなる。
ああ、これはどんな悪いジョークなのか。
俺は弟の遺体を見た。そして手に持ったスマホも。そして俺は打ち返した。
『本気なら今すぐ離婚して俺を選んでください。そして去年、皆で行った沖縄のホテルで会いましょう。本気じゃないなら二度とメールしないでください』
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