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その夜遅く、電話が鳴る。着信音で相手は晴人だと判った。
無言で出るといつもの柔らかな声が、少しだけ血相を変えたような小声で謝っている。
どうやら妹が田舎から突然訪れたらしい。
話によると、友達と遊びに行く予定が風邪か何かでキャンセルになったみたいだ。既に予約チケットを買っていて、勿体ないからお兄さんと観てきてと言われたらしい。
晴人はストーリーがストーリーなだけに恥ずかしくて淳に言えなかったようだ。
言い訳しながら、謝る晴人が可愛いと口元が緩む。
「でもさ、なんで淳がいたの?」
不思議そうに尋ねられ、顔が熱くなる。淳も恥しくてこの映画が観たいと、晴人に言えなかったからだ。
「暑さしのぎに行ったら、丁度いい映画がこれしかなかったんだよ」
「そう……。淳も観たかったのかなって、ちょっと思ったから」
「そんなわけないよ。女が好きそうな話だったし」
「そうだね。俺泣きそうになって堪えた。ちょっと気になってたんだよ」
えっ、そうだったんだ。なんだかほっとしたような嬉しいような、身体が宙に浮くようなふわふわした気分になった。
「でも、淳が一緒に観てたんだって思ったら嬉しくて。また、ゆっくり話そう」
「うん、俺も嬉しかったよ。そっか、妹だったんだ」
「ん? なんか言った?」
安心感から口から洩れた本音が漏れた。
「何でもない。来週は一緒に映画観に行くぞ。――妹さんに宜しく」
互いにおやすみと、声を掛けて通話を切る。淳は嬉しさが込み上げてしばらく寝付けなかった。
明日もう一度観に行ってこよう。だって、全然内容覚えてないから……。
〈 完 〉
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