駅の記憶

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 この時間とはいえ、こんな田舎の駅にわざわざ電車が来るのだから、利用する人がいるのだろう。その筈なのに乗り込む人も降りる人も誰もいない。列車は扉を開けたまま、ずっとホームに止まっている。 「お客様。ご乗車なさらないのですか?」  ふいに声をかけられ振り返ると、そこには駅員の姿があった。  散歩で駅に立ち寄っただけだから金など持ってないし、そもそも乗る必要がない。  それを告げようと口を開きかけた時、何かが記憶をよぎった。  俺はこの駅員に会ったことがある。そう、この駅で、子供の頃に、間違いなくこの人に会っている。  そうだ。あの時も同じことを言われた。子供相手なのにまったく同じ口調で、列車に乗らないのかとそう聞いた。それに対して俺は…。  返事はせず、俺は駅員に背を向けて走り出した。  そう。あの時もこうして逃げた。だって俺は知っていたから。  両親が迎えに来ないかと、何度となくこの駅に来た。だからこの小さな駅が無人駅だと、子供の俺でも知っていた。そしてもう一つ、ろくに外には出ないのに、駅にばかり行こうとする俺に、近所の子が教えてくれた噂話も知っていた。  ここは無人駅だけれど、たまに駅員がいることがある。その時ホームに止まっている列車に乗ってしまうと、どこか判らない場所に連れていかれて、もう帰っては来れない、と。  聞いた時は、俺を怖がらせるイタズラ目的の話だと思ったけれど、実際その話と同じ状況になってみるととんでもなく怖くて、あの日の俺も逃げて帰った。そして、無意識だとしても記憶を封じ、以来駅には近づかなくなった。  家に戻るとそこには祖父母の姿があり、朝食の準備をしてくれていた。  どこへ行っていたのか聞かれ、懐かしくて散歩をしていたと答えると、そうかと優しく笑ってくれた。そんな二人に今の…そして昔の体験は語れず、俺は何ごともなかった顔で朝食を摂った。  その後、俺は祖父母に見送られて帰路に着いたが、その際駅は無人だった。  あの駅員は何者だったのか。あの列車はどこに向かうものなのか。何も判らないし知りたくもないから、次回またここに来た時、うっかりあの列車に乗ってしまわないよう、今度は今朝の件を忘れないぞと思った。 駅の記憶…完
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