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チリンチリン。 雨合羽を翻らせながら、自転車が猛スピードで私の脇を駆け抜けていく。 直後に響いた凄まじいブレーキ音に顔を上げると、辛うじて体勢を維持した自転車の男が罵声を飛ばした。 「すみ……せ……」 激しい雨音の中で微かに聞こえた覇気のない声。 煙る視界に見えるのは、傘も差さずにずぶ濡れになったもう一人の男。 自転車の男は急にこちらを睨み付け声高に何かを叫んだけれど、興奮しているせいか酷く早口で聞き取れない。 自転車の男は、立ち尽くす男の肩を思い切り突いて、更に暴言を吐く。 「こんなところで痴話喧嘩してんじゃねぇぞ、こら!」 ……そっか、勘違いされたんだ。 他人だと言い出せないまま、苛立たしげにその場を立ち去る自転車を呆然と見送った後で。 ーーーー私はその横顔に釘付けになった。
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