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【始動編・ゲームの世界が壊れる刻 第1章】
SCENE Ⅲ
« 一抹の期待感と、仄かな違和感 »
さて、雨が降り始めた、夜の9時過ぎ。
F・Sの中で横たわる皇輝が、ゆったりとマインドコントロールの状態へ導かれた。 薄目を開けたままに、軽い催眠状態の様に成った皇輝は、ゲームの中に〔フォール・イン〕《落ち入る》して行く。
それは、微睡む様な感覚で在り。 トロ~っとした深い水の中へ、ゆっくり…ゆったり…溶け落ちて行く様な感覚とも云えるだろう。
そして、どのぐらいの時間を要したか。
「ん…」
フワッと、意識が戻ったらと思ったら・・、もう周りの景色が変わっていた。
‐ ピシャーッ。 ゴロゴロ…。 ‐
いきなり聞こえたのは、轟く雷鳴で在る。
「ふ~ん」
皇輝が見渡す辺りは、既にマンションの一室では無くなっていた。 まるで荒廃した様な赤茶けた大地が、果てしなく遠くまで広がり。 空は、紫がかった怪しい暗雲が、煙の如く重く重く垂れ込めていて。 時折、日本では見ない大きさの稲妻が天を迸っている。
(さて、行くか)
ゲームの中での皇輝の格好は・・、と云うと。 ジーンズに長袖のカジュアルシャツと、これまた普段着のまんまである。
このF・Sの魅力の一つには、俗に〔コスプレ機能〕とユーザーの間であだ名が付けられている、変身機能[イリュージョン・メイカー]が在る。 好きな姿、思い描く姿に変われるのだが。 皇輝は変身願望が無い為か、コレを全く使わない。
さて、歩き出した当初。 向かう先には、黒くシルエットと化している不気味な何かが、遠く彼方で聳える様に見えていた。 然し、歩くにつれて急に、洋館がドォーンと出現して見えた。
洋館を確認して足を止めたが。 一歩・・二歩と歩き始めた皇輝は、その風景や演出を眺めて。
「・・・ふぅ~ん、結構な雰囲気が出てるなぁ~」
歩く皇輝は、〔迷路~ラビリンス〕というゲームの世界の中に入り。 あのパッケージにも画かれていた、怪しげな洋館を目指していた。
洋館へと近付いてみれば、館の辺りは暗がりで。 空は、更に色濃い暗雲が垂れ込めて、激しくゴロゴロと雷鳴が響く。
そして、洋館を前にする所まで来ると、雰囲気は更にリアルなものと成る。 洋館の周りを囲う暗がりは、実は鬱蒼とした森だった。 乾燥地帯の様に荒涼とした、広大な風景に囲まれた場所に在って。 館の周りだけは、不気味な色の森と成っているのだ。
そして、洋館やその周りを観てから敷地に入ろうと、一歩を踏み出した皇輝は、少しだけ驚いた。
「あ、急に・・広がった?」
洋館を目前にして、左右の森を窺うと。 ちょっと前までは、洋館を包む様な森だったのに。 入り口へと近付いた瞬間、森が左右のどちらも、どこまでも伸びて続き。 洋館の敷地を囲う朽ちた石垣すら、角が見えずに何処までも…。
“果てが見えない”
こう知った皇輝は、ちょっと戸惑いを覚えた。
所詮は、ゲーム…。 とはいえ、プログラムとしての建物の中は、ディスクの容量の限界にまで広げられるだろう。 このリアルさにして、無限に広げられる様な感覚を見てしまっては、クリアまでどれぐらいの時間が必要なのか。 サクサクと進むか、不安に成った。
「グラフィックなら、いい懲り方だけど・・。 内容が長すぎると、休みが二日じゃ~無理かな~」
こう思う皇輝は、仕事に対して真面目な方かもしれない。 時間厳守で遅れないように早めに行くから、ゲームで遅刻などしない。 まだ100数十億もの資産を有するのに、何で端金しか貰えない仕事に真面目なのか。
(来週には、もう一本トライしたいRPGが出るんだけどな~。 面白過ぎると逆に、とことんまで遣りたくなるから・・RPGは、後回しにするか)
他の新作と明明後日の仕事の事を考えつつ、ゆったりした足取りにて洋館に近づいた。
風雨と長い時間を掛けて朽ちた様な、汚れた灰色の塀。 その一角には、切れ込む様に開いている、壊れた鉄格子の扉が在る。 其処に近寄った皇輝は、壊れた格子扉を抜けて館に近づいた。
だが、格子扉を抜けて、敷地の中へ足を踏み入れた瞬間。
「ん? あ・・薔薇」
突然、自分の周りに咲き乱れる薔薇が見えた様に眼へ飛び込んで来た。 不思議と闇が濃い周囲なのに、薔薇の花や茎が淡く光って見えていて。 間近の暗い辺りを、薔薇がぼんやりと照らしている様に見える。
また、微かにだが。 薔薇の匂いが鼻孔をくすぐって来て、辺りの空気を薔薇の香りで染めていた。
処が、だ。 間近に見えた館が、不思議とまた遠くに見える。 辺りを確認すれば、広大な庭の遠くに森が見えて。 良く薔薇を眺めて見れば、その咲く範囲が点在する様に成っている。
(この薔薇は、館までの進行ルートを照らす照明の代わりなのかな?)
と、そんな気がした皇輝。
然し、こんなにも美しく咲き乱れている薔薇など、皇輝は今までに見た事が無く。
「ん、これは綺麗だな…」
思わずに呟いたその言葉は、グラフィックとしてかも知れないが。 この薔薇に因って突き動かされた、素直な彼の感想だろう。
然し、あの暗雲垂れ込めた夜の嵐の中だと云うのに、皇輝の視界は良好だった。
そして、ふと気になって天を見上げれば。
(ん? ・・あ)
自分の頭上に広がる暗雲と走る雷光は、止まる処を知らないのに。 驚くべきか、その雲に目蓋の様な切れ間が在り。 其処には、紅々と色付く大きな月が、目玉の様に光を滴らせつつ輝いていた。
「さっきは、あんな月なんて無かったのに。 これって、ゲームの始まりかな?」
そんな風に思いながら皇輝は、薔薇の咲く場所を辿る様にして歩き。 何時の間にか、古びた洋館の入り口である大きな門の前に遣って来た。
「ん~、‘館’って云うと、なんかデカいな。 でも、‘城’って云うか思うと、何か違う様な…」
屋根の尖り具合といい、高さといい、城の様な印象を受けるのだが。 返って入り口から目の前の窓や佇まいを見ると、西洋の洋館の雰囲気と成る。
また、窓にはしっかりと木が打ち付けて在り。 中を一切見せない様子は、まるで監獄の様な印象さえ受ける。
「さて」
中に入ろうと思った皇輝は、扉に手を掛けた。
西洋の戦争に使う、下半身まで守れる様な五角形の盾を逆さま向けた様な扉は、両開きのもの。 横幅だけでも、自分が両手を伸ばした4倍以上。 見上げる上の高さも、5メートル以上は有りそうだ。 無意識に扉を押す手には、力が入った皇輝。
‐ ギギギギィ ‐
錆びた鉄が擦れる様な音がする…。 重さは感じられないのに、何か危険が感じられる様な、押す手に伝わる重々しさ…。 こんな視聴覚的に、体感的に凝ったゲームは、これまでに幾つも出たF・Sのゲームの中でも初めてではないか、と皇輝は思う。
開いた扉の中に、皇輝はゆっくりと足を一歩、スッと踏み入れた…。
「んん~、暗いなぁ」
館の入り口から覗いた中は、有り得ないぐらいに真っ暗だった。 中がどう成っているのか、見回す限りサッパリである。
(これも、ゲームの演出の内かな?)
こう感じた皇輝は、暗い内部を入り口から見ていると。
すると・・・何だろうか。 何かが、ぼんやり・・ぼんやりと見え始める。
「………」
その‘何か’が見えるまで。 皇輝は、黙って辺りを注意していたが…。
次第に、ハッキリと見えてきたのは、幻想的な花園だった。 先程、庭に咲いていた薔薇が、今度は辺り一面に咲き乱れ。 彼方まで見渡すと、なだらかな丘陵が果てしなく続き。 その視界が利く先まで、仄かに光る薔薇が広がって見える。
また、皇輝は更に。
“あれだけ曇って、雷鳴が響いていたのに…”
それに気付いて、全く音がしないと空を見上げた。
すると、
(うわっ、・・これって…)
一気に、その見上げた目が見開かれる。 この場所では、静かに夜空が澄み切って。 雷雲は跡形も無く消えて無くなった。 そして、その後には、あの目玉の様に見えていた真紅に染まった月が、更に大きく大きく近い位置に来て、空に宿っていた。
「凄く綺麗だな。 これは・・凄い」
素晴らしい風景だと、素直に思っていた。 薔薇の園をそよぐ風は、とても穏やかで。 気品溢れる薔薇の香りを辺り一面に舞上げる。
その美しく幻想的な光景に、どっぷり魅せられた皇輝。 無意識の様に自然と前に向かう足は、遠くにぼんやりと見える神殿の跡地の様な。 建物の残骸が遺る場所を目指して進んでいた。
(これが、ゲームの世界だなんて・・な)
やはりこのF・Sが出てから、ゲーム業界は活気づいた。 然し、開発費用は、やはり1作1作が重く。 インディーズゲームの様に作品が溢れかえる様な増え方はしていない。 各ゲーム会社としては、このハードで名作を創りたいと思って遣っている所が多いが。 実際は、その開発費用を工面する為に、ソーシャルゲームやらインディーズゲームの開発、販売でコンスタントに資金を稼ぎ。 ある程度の資金が貯まってから、F・Sのゲーム開発に乗り出す所が主流だ。
その為、サブスク的な稼ぎの無い会社では、グラフィックからシナリオまでを2Dゲームの様にして、古く懐かしいゲーム感を演出とか。 可愛い女性やイケメン男子に憧れる学園生活物など、王道大作からは少し離れた内容のゲームを創り。 それで資金を稼ごうとしたりする。 着せ替え、キャラの増設、シナリオの切り売りで資金稼ぎをする。
だが、消費者もバカでは無い。 人気と成らないゲームには、財布の紐も固くなる。 大体、〚変身機能〛《イリュージョン・メイカー》が備わっている。 その機能を利用せずに着せ替えやイメチェンとなるアイテムを売り出しても、デザインが余程に良くないと売り上げは頗る悪いのだ。
だが、この《ラビリンス》と云うゲームは、制作当初から期待されていて。 また、とんでもない大人数のプレイヤーが一度に遊べると話題だった。
そして、この美しいグラフィックや五感を擽る様な香りまで在る。 期待が膨らむのは、もう当然と皇輝も納得だ。
歩く中で、紅く仄かに光る薔薇の花びらを触れてみる。 確かな感触が在り、生花を触った感触と全く同じものだった。
(感触から色合いまで、完璧だな)
その薔薇より離れてなだらかな丘陵の坂を登りきり。 丘陵の頂上を奥へと、咲き乱れる薔薇を見渡しながら歩いていた。
・・その時だった。
(はぁぁっ!)
突然に、ビクンとして即座に立ち止まる皇輝は、自分の近くに何か、おぞましき気配を感じた。
(な゛っ、何だ・・・こっ、こ・この感覚はっ?)
これをどう例えてよいものか。 全身を“悪寒”と云う、魔物の舌で舐められたかの様な感覚で。 見て回す視界の左側、視界のギリギリ隅に入る何かがヒラヒラ揺らめいた気がした。
(え? 俺以外の人っ?)
人の気配を感じ、反射的にそっちに振り向く皇輝。 だが、まだゲームの内容には入っていないと感じる。 こんな所から、他のプレイヤーに会うのか等、疑問が内面に噴き出していながらに。
「誰、・・ですか?」
視界の中心に揺らめいたものを、対面に見て捉えた皇輝。
自分からほんの数メートル先に。 黒いマントを背にして、タキシード姿をした男性が立っている。 不思議と、やや横向き加減で、とても静かに…。
皇輝が問うてから、刹那して。
「青年よ、尋ねたのか? 私の名を」
そう言うその男性は、ゆっくりと皇輝の方に顔だけを向けた。
その男性の顔を直視した皇輝は、
「っ?!!」
と、また身動ぎして驚いた。
何故に、彼は驚いたのか。 ハッキリとした理由など無いだろうが。 強いて言うならば、その顔に淀んだ様な・・気味の悪い恐怖を覚えたらしい。
(な゛っ、何だ? この・・不気味な気配は…。 嗚呼っ、解らないっ、・・解らないけど、凄く危険な感じがするっ)
プログラムの中で、仮の身体で居る皇輝だが。 本能的な意味で、身体中に寒気と震えを感じたので在る。
然し、それがまた不思議なのだ。 見る相手の男性は、高身長でオールバックの頭をした紳士風の中年男。 然も、顔の造りは中々に整った、所謂の古めかしい言い方をすれば、‘ナイスミドル’風。 今どきに言えば、“イケおじ”と云った雰囲気なのだろうが…。 第一の特徴にして良い程に、この人物には感情が無い。 能面とて、無情の中にも幾ばかりかの感情が感じられるだろうが。 この男性には、それすら無い。
さて、皇輝を見詰めるその男性は、感情も上らないままに口を歪ませて。
「フフフ…、これは面白い。 この私を見た最初で、そう感じるのか? 人の様で、人では無く。 悪魔の様に見えて、実体のない私を…。 さては、惹かれたか。 寧ろ、この私が…」
男性は、独り言の様に呟きつつ、皇輝をジッと見て来る。 笑って居る、その謎の人物は、確かに見れば笑っている。 だが、その笑う顔からは、楽しさも感じられなければ。 何に笑っているのか、その情と言える心が感じられないのだ。
その、死人よりも感情の無い表情を持つ男性に、ジッと睨まれた皇輝は。 何かに責め立てられて居るかの様に、居ても立っても居られ無いと、気持ちを掻き立てられたのか。
「あな・貴方は、このゲームの・・キャラクターです、か?」
と、堪らずにまた問う。
すると男性は、ゆっくり首を左右に振り。
「いやいや、違うぞ、青年よ。 残念ながら私は、ゲームの中のキャラクターでは無い」
男性が答える時。
聴いていた皇輝は、男性の先程の言葉が、何故だか急激に気に成り始める。
(ちょっ、ちょっと・・待ってくれ。 人のようで・・人では無い? 実体が無い・・って、ウソだろ? ・・いや、いやいやっ、待ってくれ。 それってっ、まさか?!!)
皇輝が、或る仮説へと思い至った時。
‐ パチン ‐
前に立つ男性は、突如として指を鳴らし。 その指先を皇輝に差し向ける。
「ご名答だ、フフフ…。 そう、青年よ、その通りだ。 私は、君が今に予想した通りのモノなのだよ」
その紳士風の男性が、指を鳴らしたタイミングの正確さと。 自分の口から出そうになった言葉が、合致するので震えた皇輝。
「あ・・あああ゛っ?!!!! 俺のこっ、心が読める? 本当に・・・サイバーライバーっ?!!」
俄に震えて喋る皇輝に、感情ない笑みの形だけを浮かべてコクコクと頷きつつ、皇輝の方へと向き直る男性。
「そうだ。 今しがたの短い私の言葉で、良く其処まで解った」
一方の皇輝は、全身に激震が走るくらいに驚き。
「そんな・・あ、あ゛ぁっ! もうっ、存在しているなんて…」
「ふむ、そんなに驚きか? これでも、このゲーム機が開発された最初から、こうして居るんだがね」
「さっ、最初って…、そんなバカな!!」
「いや、嘘では無い。 ま、今までは、と或るプログラムの遥か彼方に追い遣られていたが。 ・・ふん、自由になったら、またこれか…。 どうやら私は、どう在っても悪魔か・・障害に成るだけの存在らしいな」
その男性の言う話の意味が、皇輝には全く理解が出来ない。 然し、ゲームも始まらない事で、募る不安が爆発する。
「何のっ事を言ってるっ? 俺には、全く意味が解らないっ! ‘障害’って何だっ?!!」
こう次々と問われた男性は、皇輝の眼を見て。
「私の名前は、〘ダーク・メフィストゥ〙。 ゲームの中で、審判を下す者。 このF・Sの全システムを忌み、憎む者だ」
F・Sに関する情報は、それなりに個人が集められるモノに関しては知っていた皇輝だが。
「ダーク・メフィストゥ? 暗黒の悪魔…。 そして、サイバーライバー?」
目の前の男性の全てに、激しい混乱を来した。 こんな情報は、何処のどのサイトにも載っていない。
然し、〔ダーク・メフィストゥ〕と名乗った男性は、
「フフフ、青年よ。 私は、あくまでもプログラム的な意志のみだ。 人、そのものの意思では無い。 さて、では始めるとしようか。 君の命と、私の運命を掛けたゲームを」
‘命’、と聴いた皇輝は、混乱してボヤケた視点をまた男性に合わせ。
「え?! いのっ、命って、ど・・どうゆう事なんだっ?」
更に訳が解らずに、激しく混乱し始めた。 何がどうなっているのか、これはバグなのか、創り手の意図なのか、全く理解出来ない。
「私は、今からこのゲームを支配する。 私との対戦者は、無論のこと君だ」
「支配? 対戦? なんの・・事だ?」
然し、相手は、皇輝の問い掛けを無視する様に。
「ルールは、君がゲームをクリアするか、ゲームオーバーになるかのどちらかで決まる。 君がクリアすれば、普段のままだ。 だが、失敗した時は…」
不気味な紳士は、語りに妙な間を置いた。
その間に耐えられない皇輝は、先に。
「しっ、し・死ぬ?」
と、素早く問い返す。
「フフフ、ご名答。 負けた場合は、脳と云う機能と精神が即座に破壊される。 だから、‘死’と同じだ。 肉体を動かす機能の全てが、再生不能なまでに破壊されてしまうからな。 上手く途中で助かったとしても、植物人間・・と云う処かな」
メフィストゥの話を聞く皇輝は、こんな事が許されるとは思えなかった。
然し、やはり意識を読まれている為か…。
「くっくっくっ、その考え方は甘い。 青年よ。 私は、最初からこの世界に居たのだ。 また、考案者からそうゆう風にプログラムされて、ね」
メフィストゥの話に、皇輝の方が愕然と成る。
「考案・・者って、SINYEのっ? あのっ、10年ぐらい前に亡くなった…」
或る事件で亡くなった考案設計者の事を思い出す。
この皇輝の話に、メフィストゥが眼を軽く瞑るまま。
「嗚呼・・懐かしい話だな。 あの事件の時も、私は或る青年と、今の君との様にゲームで賭をした」
と、独り言を言うではないか。
実は、10年前の当時。 開発元となる2社からの発表では、
〔想定外の事故が発生し、開発考案者の者は自殺した〕
と、発表された或る出来事。
皇輝がまだ中学生の頃に起こった、ゲーム業界を震撼させた大事件だ。 そして、その時に原因とされたのが、当時はまだ開発・調整の最終段階とされていた、この“F・S”が関わる。
「やっぱりあの事故は、外から来た驚異じゃなくて。 内側から来た、エラーか・・バグ…」
すると、メフィストゥが反応し。
「バグとは、随分な言われようだな。 だが・・ま、勝負を挑まれる側からしたら、そんなものか…」
「何でっ、あなたは自由の身に成ったっ?」
「それが、な。 私と遭遇した君にしては、実にお粗末な話だろうがね。 今までは、監獄プログラムの中にいて、外には出られなかったが。 バカな何処かの人間が、安直にも私を知らずして開放したのだよ」
頭が上手く回らない皇輝は、メフィストゥをじっと見つめる。
「まさか、ハッカーの…」
「いいや、システムに関わる内部関係者の人間だろう。 要らないファイルだと思って、監獄プログラムを消し去ったらしい。 だが、こうして呼び寄せられた私は、君と対戦する宿命があり。 君が負ければ、また自由になって次の者の所に行く」
(次の者って・・、殺して回るって事?)
そう理解した皇輝は、冗談じゃ無いと思った。
「待って!、それじゃ貴方はっ、まるで死神じゃないか!!!!!」
ズバリ、ハッキリと言われたメフィストゥだが。 本当の笑みすら浮かべられない顔を、形だけ微笑ませて。
「フフフ、そうだ。 私は、サイバーマインドワールドの異物。 死神(デス)だよ。 このプログラムを憎み、このプログラムで遊んでいる人間の全てを殺して行くのさ。 お分かりか?」
理不尽が過ぎる話だ。 感情が上手く落ち着けられない皇輝だから。
「理由がっ」
と思わず口走った皇輝。
だが、対するダークメフィストゥは、更にニタリと、形だけで微笑むと。
「ふっ、理由(ワケ)など要らない。 私のプログラムが、そうなのだからな。 恐らく最初は、創られた事にも目的が在ったのだろう。 が、もうその目的は、失われている気がするよ。 何よりも、私が覚えていない」
皇輝は、混乱する思考回路を動かして、
「“覚えていない”? くっ! 抑制プログラムと基本的思考構築プログラムに、欠落が出来てるって事かっ」
「フフ‥、プログラムと云うだけの私を考えると。 今、青年よ。 君が言った言い方が、正しいかも知れないな。 だが、行動プログラムには、何ら欠落は見当たらな。 ただ、性格抑制プログラムの方が少し壊れて、残虐的になったがね」
と、言い。
‐ パチン ‐
また、指を鳴らすメフィストゥ。
「?」
皇輝は、訳が解らないままに、メフィストゥに対して警戒しか出来なかった。
ダークメフィストゥと名乗る男は、真っ直ぐに皇輝へと指を伸ばし。
「今から、〔制約〕《ギアス》を課す。 君は、私と対決しなければならない。 クリアまで、2日の時間を与えよう。 休むために、現実に戻るのもいい。 然し、2日以内にクリアできなければ、強制的に君の精神は破壊される。 現実にいても、破壊の回避は無駄だ。 何故なら、もう君の体に電気信号で、或るサインを送った」
仮想空間の中で、自分の手足を見た皇輝。
「そんな事っ…、どうやって出来るんですかっ?!!」
と、鋭く問うと。
「青年よ。 〔アポトーシス〕、と云う言葉を知っているかね?」
何となく知っていた皇輝は、直ぐに呻く様に。
「自滅遺伝子…」
「そう、その通りだ。 カエルの子供オタマジャクシが、カエルに変わる過程で、その尻尾が消えるのも。 虫の幼虫から成虫に変わる時に、体が壊れ形態を一部失わせる。 その時に、このアポトーシスとは、必要な遺伝子だ。 より良い形勢状態を細胞内で保つために、必要な細胞死滅のプロセス…。 では、〔ネクローシス〕は、知っているかな?」
「たっ、たしか・・死亡細胞とか、壊死細胞って云われる?」
「ほほぅ、そうだ。 良く知っていたな。 例えるなら、糖尿病などで人の足などが血行不順となり、次第に死に腐る現象が、〔壊死〕。 ま、それを全身で起こすように、細胞に伝えたのさ。 ただ、発動までリミットをつけて、ね」
「ひっ、人にっ、そんな遺伝子が有るんですかっ?」
驚いて問う皇輝に対して、全く動じてもいないメフィストゥは。
「当然だろう。 例えば、筋肉をより良い形態へと作り替える筋肉痛や、他の様々な変調症状…。 成長と共に作り替える肉体の形成には、必要な組織プログラムだ」
「そ、そんな…」
「疑う必要は、何処にも無い。 例えば、人の成長とは、大抵二十歳過ぎで止まる。 細胞に組み込まれた成長遺伝子は、抑制プログラムによって停止するからだ。 然し、タバコや偏った食生活などで、毎日繰り返す肉体の中の細胞分裂に悪影響を与えると。 損傷した細胞の中で、止まっていた成長遺伝子を目覚めさせてしまう事が在る。 これが、破滅的に制御なく細胞分裂を繰り返す事で、時として腫瘍を形成し‘がん’となる」
「それが・・‘がん’のプロセスてすか?」
「一つの形だ。 だが、人体の中で、絶えず繰り返す細胞分裂の中で。 損傷した細胞や不完全な形態の細胞などは、人間自身が持つ〔アポトーシス〕のプログラムで、日々取り除かれている。 然しながら、人体を形成する莫大な数の細胞は、時々だが遺伝子に因る発動し易い癌や。 そのアポトーシスプログラムの不完全さから、病気まで腫瘍が成長してしまう事がまま在るのだ」
必死に考える皇輝。
「そ・それって、遺伝や先天的な体の弱さって事ですかっ?!!」
「そうだ。 だから、今の最新医療の一つの手法では、或る特定の電気的な信号で成長遺伝子を抑制し、アポトーシス効果を与えると。 細胞分裂は停止し、一部のがんの増殖を抑える事が可能なのだよ」
今の話の中で‘電気信号’と聞いた皇輝は、一つの仮説が浮かび上がった。
「じゃっ、じゃあ! その逆で・・生きてる普通の細胞を死滅させたり、細胞分裂を急激に抑制する事も出来る…って事ですかっ?」
この質問を聴いたメフィストゥは、目を細めて皇輝を見返し。
「ほぅ、これはこれは、物分かりがいいな・・青年。 正に、そうゆう事だ」
話から想像しているだけで、それを信じられる訳じゃない。
「でもっ、で・・でも、そんな事を一プログラムが…」
混乱する皇輝を見下すような姿の紳士は、何処か嘲笑う様に見せて。
「私は、F・Sと云う機械のプログラムを、完全に同調して乗っ取る事が出来る。 そして、体調管理するあらゆるプログラムも、同時に支配が出来るのだ。 それに、先ほど言ったハズだ。 私を創ったのは、F・Sの開発者だ、とな」
「ま・さか・・、初めから造られた・・機能…」
おぞましい事を想像する事が出来た皇輝。
「漸く、理解に至って頂けたか。 作成された私に課せられた制約は、ゲーム及び遊興プログラムで遭遇した相手と、今のこの様にゲームを利用して戦う事。 そして、その結果で相手が敗北したなら、“死神”のプログラムで相手を殺す。 それだけだ」
‘殺す’、と言われた皇輝は大きく深呼吸して、メフィストゥを見た。
「つまり、貴方を再び封印するには、このゲームに勝てばいい・・って事か?」
“ダーク・メフィストゥ”と名乗る紳士は、ゆっくりと頷き。
「そうだな‥。 私が負けると、また監獄プログラムが発動して、プログラムの彼方へ封じられるように設定されている。 バカな管理者がしたのは、発動した幽閉プログラムを終了したに過ぎない。 基本的な監獄プログラム及び、幽閉プログラムを消した訳では無い」
と、言う。
この現状に追い込まれた皇輝だが。 このメフィストゥが只のプログラムで、ゲームの演出とは思わなかった。
一方のメフィストゥは、皇輝を凝視し。
「では、そろそろ始めようか、青年よ。 君がゲームを進行する間も、制限時間に向かって現実の身体は蝕まれる。 ゲームオーバーと成る前に、クリアしてみせろ。 それから、外部への如何なる通信も、全てペナルティーと成る。 この状態を外部へ伝えようとすれば、即座に死ぬぞ」
こう言ったメフィストゥは、誘(いざな)うように皇輝へと指先を向け。
「では、‘サイモンセッズ’。 迷路の中に散らばった、或るキーワードを拾ってクエストに答えること。 …以上だ。 君の健闘を祈るよ」
理解不能な突然の事態に混乱するままに、ダークメフィストゥを見つめた皇輝。
(10年前のイベントで起こったエラーが、何で・・・繰り返されるんだっ!)
“事実が、全て封印された怪事件”
こうまで言われた或る謎が、再び現れたのだった。
さて、皇輝の周りは、急速な変化に襲われていた。 美しい薔薇が咲き乱れる幻想的な夜の花園は、霧の様に砕けながら消え失せて。 真っ暗闇な世界へと変わってしまう。
処が、何の前触れも無く。
「在り得ない…」
突然、メフィストゥがそう呟く。
「えっ?」
何の事かと、聞き返す皇輝だが。
「あっ!!」
真っ暗な世界に変わった中で、メフィストゥも消えていった。
「おっ、おいっ! 待ってくれっ!!」
手を伸ばす様に飛ばした声だが、消えゆくメフィストゥには届かなかった…。
残された皇輝が、消えたメフィストゥを見失っていく中で。 辺りでは、全く違う景色がボヤ~っと、徐々に浮かび上がって来る。 どうやら、漸く周囲がゲームの世界へと変化し始めたらしい。 その変化に気付いた皇輝が、ハッとして周りを見ると。 自分の周囲には、剪定された松の様な木の森が現れた。
「か、変わった? 森が…」
更に、視界が利くほどに明るくなった。 見える空は、絵の具の水色一色をまんべんなく塗った、それだけのスカイブルー。 然し、ちょっと古めかしいアニメの世界に出て来る様な色合いの空で。 先程の薔薇の園に比べると、そのお粗末さは否めない。
そして、前後左右を確かめ見る皇輝。
(整然と並ぶ木々に、左右を囲まれてる。 どうやら、木が整然として道なりに、垣根に成ってるみたいだ…)
想像するに。 現実にも存在する、庭園の様な庭に垣根で作られた路地の迷路。 あれを彷彿とさせた雰囲気だった。
(ゲームのタイトルが、タイトルだから・・。 人工迷路のアトラクションみたいなものか)
ゲームの概要を把握し始めた皇輝だが、脳裏にはメフィストゥの事が焼き付いていた。 彼に言われた事が事実なのか、それとも否か。 短い時しか経ていない今に、現実へ戻っても確かめ様が無いと思う。
(‘徐々に蝕む’って言ったな。 様子を窺う為にも、今は先に進んでみるしかないか…)
前と後ろには、真直ぐに伸びた道が見えている。
(そう云えば、メニューアイコンの出し方は・・。 個人的に指定した、コンフィングアクションで良かったな…)
その立っている場で、手を宙に翳して右から左へと。 曇った窓でも拭くかの様に動かすと…。
いきなり皇輝の目の前に、半透明なモニターウィンドが現れる。 水色のウィンドの上、現在居るステージ名には、
『第一ステージ・迷路庭園』
と、書かれて在る。
メニュー項目を見た皇輝は、〔クリア条項〕に触れると。
切り替わった画面には、詳細項目が出され。
{――――クリア条件――――
1、制限時間の厳守
2、パスワードの入力
――――――以上―――――}
と、書かれている。
(‘パスワードの入力’。 これか、メフィストゥの言ってたのは…)
迷路ゲームの世界観は、弄られずそのままらしい。 皇輝は、条件が二つしかないことを確かめた上で、ゲームの世界で動くことにした。
先ず、軽く歩き回ってみると。 整然と縦横斜めに続く垣根のような壁が、延々続くのみ。 垣根を触ってみても、普通に木を触るのと同じ感覚が在る。
また、‘ものは試しに’と、見た目に土の地面がむき出しと云う床に触れれば、タイルの様な質感が在るのみだ。
空の印象からしても、此処には風景しか無い。
だが、いざ木を掻き分け様としてみれば、全く柔軟性の無い石の様で。 登って隣の道に行けやしないかと試しても、垣根に掛けた足や枝を掴む手が不思議とずり落ちる。
(不正防止の処理は、しっかりしてるみたいだ)
それを理解した皇輝は、空間へ出しっ放しに出来るオートマッピングの機能を使いつつ。 迷路を進んで行く。
ゲームながら、アトラクションとしては良く出来た世界観だ。 余計な効果音も無く。 静かな世界観に、ゆったりとした環境音楽も流れている。
そして、迷路の右半分以上を隈無く歩き回った頃か。
「ん?」
と或る行き止まりで、正面の木に何やら張って在る。 近くに寄って見てみれば、鳥の絵であった。
「鳥? 雀やカラスに、鶏・・か。 何の意味だろう」
絵に手を伸ばした時、いきなり鳥が羽ばたく音がする。
反射的に辺りを見回したが。
(あっ・・音だけ?)
再度、絵に向いた皇輝は、絵を手にした。 それは紙なので、取って行くことにした。
それからまた、そこそこ歩き回った時。
(何だ、この一本道。 随分と長い・・、ん?)
歩く先に、見覚えの在る物が近付いて来る。
この感覚は、プログラムのミスか、それとも演出か。 歩いているのに、向こうから近付いて来る感覚を覚えた。
そして、その何かとは…。
「踏み切り・・か」
最近、めっきり見掛けなく成った物の一つだが。 黄色と黒の模様をした棒に、点滅する信号の付いた踏み切りが、行き止まりを作っていた。
然も、点滅する信号の前、道の左側には。 ノートパソコンが置かれた石台が、重要アイテムでも置く様に存在している。
腕組みして、その踏み切りを眺めた皇輝は、確かめる為にもメニュー項目をチェックする事にした。
(なるほど、これが〔クリアゲート〕か。 何だか、不自然な感じもするけれど・・。 まぁ、解り易い)
自分のヘソぐらいの高さに在る石台に置かれたPC。 この景観や雰囲気にしては、随分と不自然な気もするが…。
どうやら、この踏み切りのバーを上げて踏み切りを渡れば、そのステージをクリアと成るらしい。 再度開いた情報ウィンドに、その事がハッキリと明記してあった。
そして、オートマッピングで示された地図には、まだ分かり易くポツンと抜けた場所が在る。
(踏破率72%か・・。 一枚のヒントだけじゃ、パスワードが分かりそうも無いし。 まだ行って無い所を回ってみよう)
そして、案の定。 まだ行って無い場所を回ると。 行き止まりで、もう一枚の絵が…。
紙を取ろうとすると、ボウボウと燃える音がする。
(何だっ?)
と驚いて周りを見れど、音以外に火は無い。
だが。 行き止まりに在ったのは、焚き火の絵だった。
絵を手に入れた皇輝は、集めた二枚目の絵を見比べて見る。
「焚き火と・・鶏。 鳥と火。 まさか、焼き鳥か?」
二枚から連想された事を考える皇輝だが。
「まさか…」
と、その答えを却下した。
“もう一枚、何処かに在るのではないか”
と、探してみたく成る。
だが、既にマップの踏破率は、99%に達する。 最後に、クリアゲートを潜って‘100%’に成るらしいので。 既に、全て歩いた事に成る。
歩いてゲートに戻り始めた皇輝だが。
(見落としたかな・・。 いや、行き止まりは、全部ちゃんと見た。 二枚しか無いなら、答えを考えないと…)
あれこれと考える間に、もうゲートまで来てしまった。
“第一ステージで、とんでもない難問が出るのか”
と構えて見たものの。 他に浮かぶものは、妙にマニアックなものばかり。
(仕方ない。 間違ってもいい、一回は入力してみよう)
と、ノートパソコンのキーに触れると、モニターに。
― パスワード、ハ? ―
素っ気ない機械音声と共に、こんな問い掛けがモニターに浮かぶ。
ちょっと躊躇した皇輝だが、‘焼き鳥’と入力してみると…。
― セイカイデス ―
と、やや間抜けな音声が聞こえて来た。
(何とも、ヌルい言い方するな。 ・・本当に、命が掛かってるのか)
と、困惑する。
然し、
― カンカンカン… ―
いきなり、踏み切りの警報が鳴り。 降りていた遮断機が、上に登り始める。
「ふぅ」
溜め息を吐いた皇輝は、メフィストゥも含めたゲームの演出として、これは最低だと思った。
一瞬、
“本当に、命懸けのゲームなのか”
と、自問自答してしまう。
だが、メフィストゥの存在がこのゲームと関係ないのなら。 このゲームは、
“利用されているに過ぎない”
とも考えられる。
何より、現実として10年前のタブーとされた事件を、ゲームの中で掘り起こす理由が解らない。
(パッケージ裏のゲーム内容に、‘メフィストゥ’の存在も、‘死ぬ’なんて文句も無かった…)
メニューウィンドゥより、検索機能でゲーム情報を調べてみても。 やはり、メフィストゥの事は臭わせも無い。 ゲームとメフィストゥは無関係が無い・・と、今は捉えた皇輝。
それに、さっきのメフィストゥ登場には、正直な話で恐怖した。 だが一方で、強い興味が湧いたのも事実だ。
踏み切りを渡ると、暗いトンネルの様なゲートを潜るって行く事に成る。
だが、歩くだけの暇では、頭の中でメフィストゥの事を考えてしまう。
(‘拘束プログラム’・・、か。 そうなると・・、誰がメフィストゥを創った? 誰が、メフィストゥを拘束したんだ? 一体誰が、メフィストゥの拘束を解いた? そもそも、こんな危険なプログラムを、・・誰が必要としてた?)
思い浮かぶ疑問の数々。 然し、その全てが謎であった。
そして、考えながら歩くのも、直ぐに中断を余儀無くされる。
「…ん、あ」
ふと気付くと、既に辺りが明るく、レンガの壁が左右に見える。 どうやら迷路の様相は、ステージごとに地味な変化をするらしく。 見回す最中に耳へと聞こえて来るのは…。
「これって、ヴィヴァルディのカンタータ…純白の百合か。 いい趣味してるよ、全く」
ゲーム内を流れる音楽も、ステージの変化と共に変わっていた。
だが、本音で楽しめて無い皇輝は、メニューウィンドを開いた。 条件が変わっていない事を確認して、また迷路を歩く。
処が。 新たなるステージと成る今回は、先ほどの迷路とは大きく違った点が、一つ。
それは、突然に現れた。 この事実に、皇輝は新たな不安と恐怖を覚える事に成る。 その事実に対して意味する答えは、在る意味では戦慄を覚える出来事だった…。
長く蛇行した曲線の道を、T字路まで行き着いた時。 右側の曲がり門に、影が現れた。
「ん?」
警戒すらして立ち止まった皇輝の視界に。
「あら、こんにちわ」
何故か、ひょっこりと女性が現れたのであった。
「えっ?!」
思わず、フリーズしてしまったゲームの様に、皇輝は硬直したのだった…。
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SCENE Ⅳ
【歌声】
大評判ゲームと、ネットやテレビでもバンバンとCMが流れる【迷路 ラビリンス】。 そのゲームをプレイした皇輝が、異質なプログラムだけの存在となるメフィストゥに遭遇する頃。
現実の世界では、もう夜の9時を大きく回ろうとしていた。
あれから獅籐は、ライブハウスのステージ脇に在る。 ‘楽屋’、とも言える控え室に、花蓮と二人だけで居た。
少しだけ開かれた入り口からは、ステージ上で演奏される激しい曲調のロックミュージックが、押し込まれて来るかの様に漏れて来ている。
実は、獅籐達がする筈だった今日のリハーサルは、
“メンバーが揃わないから、取り止める”
と言いに、上の階へ上がった。
然し、他のバンドを組む若者達が、本日に新曲を幾つか披露する予定だったレオ=獅籐と、花蓮を共に。 ステージに上がる様にと、引きずり、押し上げて来た。
獅籐も、花蓮も、二人しかメンバーが居ないので。 何度も彼等に断ったのだが。
“最近、全然新曲を披露していないじゃんよ”
“メイリーンが、クリスマスライブのトップと、ラストを飾るんだからサ。 1つや2つは、どんなのか聴かせてくれよ”
と、他のバンドやユニット達に言われてしまった。
こう言われると、困るのは獅籐だ。 ぶっちゃけて云うならば。 皆が意気込むクリスマスライブは、獅籐と蘭宮が中心として企画したものだ。
普段は、このライブハウスを使え無い時は、個々のバンドやらユニットが路上で演奏するか。 芸人さんと一緒に、飲み屋の余興をするぐらいだ。
偶のクリスマスぐらい、100人以上客の入るライブハウスで、コラボコンサートをしようと云う企画に成った。
既にチケットも9割は売れているし。 他に参加するバンドやユニットは、曲も決まっている。
今日は、ライブハウスの定休日で。 夜だけでもリハーサルが出来る様に、マスターがステージを解放してくれた訳だ。
地下の練習ルームは、有料だが。 バンドやユニットが二回ずつ。 ステージでの練習を全力でやっていた。
さて、言い出しっぺと言える蘭宮だが。 蘭宮本人が来ない理由は、一体、何か。 それは、この企画を作った獅籐と蘭宮には、全く違う思惑が在った。
獅籐は、全力で音楽をやって居る知り合いや仲間を、誰かに見て欲しいと云う気持ちが強い。
だが、蘭宮は違う。 音楽業界の関係者に、花蓮を見せて。 彼女を売り込み、自分はプロデュースか、二人ユニットで獅藤を出し抜こうと考えたらしい。 デビューをエサに、前もって花蓮へ誘惑を掛けた蘭宮だが…。
内緒話と計画を打ち明けられた花蓮は、思いっ切りその話を蹴った。 このクリスマスライブに向けて、獅籐が金の工面で苦労したし。 皇輝が、その一部を負担したからだ。
獅籐は、その出し抜き計画の事実を全く知らなかったが。 ファミレスで蘭宮に打ち明けられた後、客の目も気にせず罵声を浴びせた花蓮。
“嵩稀さんに金を出して貰って、獅籐を裏切るなど…”
二人の仲を知る上、皇輝に気が有る花蓮だけに。 その話には、ムカっ腹が立ったのだ。
だが、知らない獅籐も、蘭宮の事をさして頼りにしては居なかった。 普段はやる気の薄い蘭宮が、妙にやる気に成っている様子には、何とも言えない気味悪さを覚えていた。 だから、蘭宮本人の思惑が外れたりしたら、直ぐにでも約束も透かすと腹を括っていたのだ。
然し、今日のこの流れは、二人して困った。 何せ、完全にぶっつけ本番だ。
他のバンドやユニットが、本番さながらの練習で歌を披露し合おうと云う話に。 二人も完全に引きずり込まれてしまう羽目に。
今、控え室にてスマホを片手にする花蓮が。
「レオぉ~、マジ歌う?」
と、緊張も含んで不安を窺わせる。
ドラムやギターが置かれた中に埋没した待機場で、花蓮は薄い板の様なスマホを弄る。
然し、既に腹を括った獅籐は、笑って花蓮を見た。
「新曲が、幾つか出来てんだ。 クリスマスソングは、メンバーと打ち合わせしなきゃムリだけど。 他数曲のうち二曲は、俺と花蓮、個々のソロ曲だから」
自分がスマホに吹き込んだのは、新年のライブ用と花蓮は思っていたから。 別に新曲が在るとは、驚きだった。
が、こうなれば女の意地と、気合いを入れて腹を括った花蓮。
「う゛~しっ、遣ったるわよっ! レオ。 デモ頂戴」
「頼む」
獅籐は、花蓮にスマホを向ける。 花蓮も、直ぐに獅籐のスマホへ、自身のスマホを向けた。 赤外線通信で、音楽データを移行したのだ。
データを貰った花蓮は、
「待って、直ぐ覚えるね」
と、スマホを振って笑う。
この花蓮は、一度か二度だけ曲を聴けば、直ぐに覚える才能が在る。 歌詞は、練習だからとスマホを見て歌えばいい。
イヤホンを取り出す獅籐は、花蓮に。
「とにかく、頼むわ。 今回は、俺の曲もロックして無いし。 花蓮の曲も、ロックして無いが。 俺が、相当に気合い入れた曲だからさ」
と、言うと。
獅籐がこれまで新曲を作って来た時の様子として。 今夜は、初めてに近いぐらいに、頼り無さ気で在ったからだろう。
「ロック&ブルースのレオが、珍しいね~」
言う花蓮も、ヘッドホンを用意しつつ獅籐を見返した。
獅籐は、少し照れ笑いを浮かべ、ギターを見てやり。
「嵩稀(タカ)さんに、言われたんだ」
「えっ、嵩稀さんにっ? なっ、何て?」
皇輝の事に成ると興奮して、前のめりで聴く花蓮。
すると、他のバンドの曲が流れて来る、ちょっと開いたドアを見た獅籐。
「拘るなら、もっと自由に拘れって…。 何処か、一方だけに縛られてちゃ駄目だって…」
聞いた花蓮は、目を丸くして。
「ふっ、深っ! 流石に嵩稀さんだわ…」
と、感慨深くスマホに目を落とした。
「だから、今回の曲の詩は、タカさんにお願いしたんだ。 来たのを読んで見たけどさ、なんかスゲー深い詩みたいで。 曲も、俺の歌は自然に、オリエンタルチックに…。 花蓮のは、ちょっと古風なバラードみたいに成ってさ。 自分でもこんなの創るのかって、なんか不思議なんだよ」
其処まで聞く花蓮は、ぎこちない顔で笑い。
「うひぃ~~~。 ちょっと、緊張してキタぁぁ~」
と、コードレス型のヘッドホンを持ち上げ、耳に当てがうのだった…。
その時、楽屋代わりとなる控え室のドアが開いて、
「レオ、出番だぞ」
と、あの大柄なマスターが呼び出しに来た。
獅籐は、マスターに右手を上げて応えると。
「じゃ~花蓮、先に行って来る」
頷いた花蓮は、親指を立てて、
「GO!」
と、気持ちで背中を押した。
頷き返した獅籐は、ギターを片手にして先にステージへ向かった。
インディーズの為のライブハウスだから、その広さなど“こぢんまり”としたものだ。 だから獅籐の立つステージも、大して広くは無い。
ギターをアンプに繋げて。 デモデータをスマホから、BGMをコントロールするPCに送る。 自分のも、メンバーのも、準備は全て自分でやる獅籐。 今時、ギターも進化して、コードレスで音を伝えるモノなど沢山在る。 なのに、まだ有線のギターに拘るのも、獅藤の主義と云う処なのだろうか。
準備をする薄暗い中で、その脳裏に浮かぶのは、何時だか弱音を吐いた自分に皇輝が言った言葉。
“シトさん。 夢は、追わなきゃ、追い続けなきゃね。 絶対に掴めないし、番が回って来ないよ。 どんなに惨めでも、報われなくても、続けなきゃ終わっちゃうよ”
何てことの無い言葉だが、ぼんやりと言って居た皇輝が目に浮かぶ。
(あの時のタカさんは、俺を見て無かった。 でも、其処に居ない誰かを見ていた…。 恐らく、もしかしたらそれは・・、この世に居ない人かも知れない)
そんな事を思い出しながら、一度、照明が落とされた後の、仄かな間接照明となる暗いステージ上で支度をする獅籐。
そんな彼を、客同然の様に椅子に座って、テーブルを前にしているバンドやユニットのメンバー達。 今日は、練習しに来た面子が多い為か。 後ろのバーカウンターや、ステージ脇の立ち見フロアに立つ者も居た。
準備を終えた獅籐は、スポットライトを点けないままに。 マイクをスタンドに付けたまま、話をし出した。
「みんな、今日は聴いてくれてありがとう。 これから、新曲いくわ」
すると、他の仲間達から。
「いいぞっ レオ」
「レオっ! 一発、すげぇーのをカましたれよ!」
と、声が飛ぶ。
「ありがとう。 でも、今回の新曲は、ロックテイストでは在るけれど。 今までの俺の曲とは、ちょっと路線が違う。 でも、友人が書いてくれた詩だから、大切な一曲だ。 じゃ、行くぜ」
言った獅籐はゆっくりと滑らかに、指を動かしてギターを弾き出した。 ギターの動きに合わせて、PCが反応して音を出す。 その奏でられた曲は、雰囲気としては水が滴る様な…。 オリエンタルチックな、バラード調。
唄い出してから獅籐に、音も無く青いライトが当たった。
【BLUE ROSE~真実の愛】
それは幻と囁かれた 心にしか咲かぬ花という
真実の愛と云う幸福を その胸の中に抱いた証だと…
二人して迷い 戸惑い 過って 哀しもうとも
その果てに辛い涙を流し嘆げいても その命が燃え尽きる時まで 二人の想いを貫いたなら…
∴逝くアナタの傍に 在らざる花が現れる それは儚い終焉の標 蒼き心の炎より現れる それは…BlueRose
真の愛を見つめた者が 逝く時に咲かせる天の花 嗚呼… 嗚呼… BlueRose
Ⅱ
求める者は限り無く 己に資格在りと叫ぶ者 いくあまた…
静かに蒼く 美しく その想いを貫いた者の心に現れる
その花を求めても 羨んでも 仮に奪おうとしても 決して手では手折れない
真実を見つめる愛の花は 咲くべき所を知っている そして… そして…
∴蒼く優しく揺らめいて 静かに何かを語る様に BlueRoseは咲き誇った
心に咲きし愛の花 自然に在らざる蒼き薔薇よ 嗚呼… BlueRoseよ
愛しきあの女性(ひと)の傍に在れ 愛と共に 永久に…
―――――――――――
その獅籐の唄う声が、何時もより優しく響いていた。 普段の、勢いに任せて裏声を使ったりしない。 無理の無い歌い方に変わっていた。 この曲を唄う間、蒼いスポットライトが獅籐だけを捕らえ続ける。
その歌を唄い終わると、不思議な静寂だけが広がった。
静まり返った中で獅籐は、再度マイクを握って。
「次は、花蓮のソロ曲です」
ステージ脇で腕組みしていたマスターが、花蓮を呼びにドアを開いた。
待っていた花蓮は、マスターを見て出て来る。
ステージ上に向かう花蓮に合わせて、獅籐は花蓮の曲を準備する。
照明が普通に戻って、マイクを手にする花蓮が。
「よろしく、花蓮でぇ〜す。 今夜は、新曲、行きます。 凄く切ない曲です。 題名は…【monochrom(モノクローム)】です」
と、言う花蓮に、ピンスポットライトが後ろから当たって花蓮を影にする。
そして、獅籐が、
「行くぞ」
と、声を掛けて来る。
頷き返した花蓮は、
「オッケー」
と、サインを送った。
今夜は、ロックバンドやヴィジュアル系のバンド、ユニットが集まる。 然し、花蓮の歌と流れ出した曲は、緩やかで旋律の綺麗なピアノバラード。 時に、花蓮の姿は現れるが、また影に消える。 マイクスタンドの脇にスマホを持って、見ながら歌う花蓮だった。
【monochrom~或る愛の終わり】
Ⅰ
WoooWoooWooo…冬の訪れが風に乗り 長居はダメと 静かに旅立ちを秋に諭すの
アナタと別れるまでの記憶 まだ新しい彩を帯びてるみたいに鮮明だわ
冷え行く空気に急かされて 仕事の日々に薄められて 愛を映した写真が色褪せてく…
※一人の時間が増えて永い 溢れた涙が冷たく凍えてしまう…
離れた貴方の背中が シルエットみたい 二人離れたまま モノクロームに堕ちてゆく…
Ⅱ
部屋に残る二人の遺留品が 楽しく語り合えた時間を呼び覚ますの…
そんな声にふと耳を預けて 寂しく感じてしまう私 リセット出来ない気持ちが疼いてる
街を歩く嬉しそうな恋人達を 見る度に切なさに胸詰まる 湧き上がる愛情が取り残されて…
※街に降り注ぐ白い雪に 洗われ行く二人で汚した愛の言葉…
終わらない愛をまた捜すから モノクロームにまだ成らないで
何時か忘れてしまう時が来るとしても… 私・・アナタを…愛してたわ… 切なさは愛した強さの証かも close by memorys
―――――――――――
それは、切ない失恋の歌だった。
繊細な曲と綺麗な花蓮の声が、唄に心と云うか魂を入れた気がする。
歌い終える花蓮は、柔らかい明かりの中で。
「え~、凄くイイ曲だと想います…。 ちょっと唄ってて…涙出ちゃった」
そう言った花蓮は、皆に頭を下げる。
緩やかに、静かに、拍手が上がり。 何故か、普通ならばヤジの様に上がる批判の声も何も無かった。
曲の力か、花蓮が降りたステージが寂しすぎて。 ライブハウスが暫し、静かになった。
バーカウンターの内側に戻って座るマスターは、年配に差し掛かり始めた顔を渋く笑ませる。
「へぇ、これまでのレオには、無かった曲だなぁ。 曲先じゃ無く、詩先か?」
と、呟く。
今までに無い獅籐の楽曲に、他人の影を見たマスター。
獅籐のバンドメンバーで、こんな詩を書く者は居ない。
元々からでしゃばりな上に、モテると自負する蘭宮と云う男は、英語で書いた生々しい恋愛の詩しか書かないし。 ドラムの若者ユウは、夢や希望に向かう子供の様なストレートな詩しか書かない。
一方、リーダーのレオ自身は、素直な男だ。 時々、暴力的な内容も有るが、もっと分かり易い詩しか書かなくて。 花蓮は、作詞や作曲にはタッチしない。
レオと花蓮が片付けをして控え室に去るのを、カウンターから眺めていたマスターへ。
カウンターへと来た若い女性が、アルコールの入った炭酸飲料の瓶を片手に。
「花蓮の曲、なんかイイじゃん。 アタシも、レオに歌作って貰おうかな~」
と、休憩するメンバーに流し目を送る。
ゴスロリ系のファッションをした若い男女のメンバーは、彼女の呟きに目を細めた。
言った若い女性の出で立ちは、耳にピアスをして、皮ジャンの下はノースリーブの様な…。 スカートも短く、色気づいた感じだった。
彼女を視界に入れたマスターは、
(色仕掛けでもするかぁ~?)
と、思いつつ。
からかう様な微笑みを浮かべてから、横を向いた。
ガヤガヤと、また少しずつ騒がしく成って来たからだった…。
〔TO THE NEXT CONTINUATION〕
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