【始動編・ゲームの世界が壊れる刻】

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【始動編・ゲームの世界が壊れる刻 第2章】       SCENE Ⅴ      不遇な協力者。 現実の世界では、獅籐と花蓮がライブハウスで歌っていた頃だ。 その時、同時にゲーム世界では。 メフィストゥから挑まれた勝負の世界と成るゲームの中で、第三者と云うべき遭遇者と出逢ってしまった皇輝。 一対一と、この時に思えばどうして思い込んだか混乱したが。 確かに、このゲームは他のプレイヤーとも協力は出来る内容だった。 曲がり角より現れたのは、首にネックレスを掛けて、綺麗なストレートヘアーが腰辺りまで伸びた若い女性だった。 その見た目は、二十歳前後の様な感じで。 黒いブラウスの様な造りながら、丈はまるでロングコートと云う上着に。 下半身には、七分丈の短い白のジーンズを穿いている。 「あら、他のプレイヤーさんね。 こんにちは~」 パッと見た印象とはそこそこ食い違って、声から大人びた物言いをしたその女性。 on-lineゲームと思ったのか、皇輝を見て近付きながら話し掛けてくる。 然し、皇輝は違った。 彼女とは正反対で、怪訝な顔を超えて警戒した様子に成り。 辺りばかりを窺い始める。 皇輝の雰囲気に異様さを感じたらしく。 女性は距離を置いて立ち止まった。 「あ、あの…」 ファーストコンタクトは、ちょっと大人びる雰囲気の物言いだったのに。 ゲームと云う仮想空間とは云え、やはり想定外の反応は驚くのだろう。 再度、皇輝へと声を掛ける女性は、明らかに探る様な物言いに変わった。 だが、彼女のそれを皇輝は左手だけで制した。 そして、女性を見ずに、上を向き。 「メフィストゥっ! このプレイヤーはっ、まさか巻き添えなのかっ?! 何でっ、他人が居るんだっ?!! 頼むからっ、on-lineを切ってくれぇっ!!!!」 皇輝の叫ぶ大声が、仮想空間の青空に上がった。 すると、その声に驚いた女性は、皇輝に対して。 「どうしたのっ? 一体、誰に言ってるのよ? 私と貴方以外に、誰も居ないわよ」 と、伝えて来る。 然し、この時、皇輝の耳に聞こえるBGMに、微かなノイズが混じり込んで来た。 辺りを忙しく見回して、ちょっと先に立ち止まった女性を見る。 一方、理解不能な皇輝の行動に、不信感を抱いた女性だが。 今度は、凝視される様に皇輝から見られ…。 「え゛っ?! 何よっ、わっ、私は何もっ!!」 睨まれる覚えは無いので、見られた事を否定をする。 現れた女性は、いきなりの事に驚いていた。 だが、それは無理も無いことだ。 インターネットの仮想空間で出逢った人間に、いきなり訳の解らない事を言われてしまったのだから…。 だが、鋭い目つきをする皇輝は、女性へ指を差して。 「違うっ、貴女の後ろっ! 床から出てきてるんだっ!!」 と、異変を指し示した。 咄嗟に言われて、慌てる女性。 「え゛っ、えっ?!」 一度、皇輝から言われて驚いてから。 何が起こったのかと、また驚きつつ後ろへと振り返る。 すると…。 「あっ・あ、アレ何よっ?」 振り返った女性の直ぐ後ろ。 タイル張りの床から、音も無く人が生える様に、浮き上がって来ているではないか。 「離れてっ!!」 走り寄る皇輝が、女性に叫んだ。 女性は、たじろいで後退りし、逃げ様としたものだから。 足が縺れそうになってしまった。 何とか皇輝の方に近付きつつも、もつれたままに床へ崩れる。 その女性の元にまで来た皇輝は、女性を庇う様に前へ出て。 「メフィストゥっ。 どうして、此処に第三者が居るんだっ? これは、俺とアンタ、二人だけのゲームじゃ無いのかっ?」 と鋭く問う。 さて、メフィストゥ・・。 正しく、有名な小説に出てくる悪魔の様な、恐怖を纏う紳士風の男は。 肩口までが床から生えている様にして、皇輝を見詰めている。 「ふむ。 確かに、招かれざる客だな…。 然しながら、君には協力者だぞ」 と、おかしな事を云うではないか。 皇輝は、その言葉に耳を疑った。 「お・れの・・協力者・だって? メフィストゥ、どうゆう事だっ? 解る様に説明してくれ」 質問されたメフィストゥは、その凍る様に冷たく、静寂に支配された様に感情の無い顔を皇輝に向けると。 「我は、確かに君とのみゲームをしている。 だが、もし君が敗れて死んだなら・・。 次は、そのプレイヤーを含めて、このゲームで遊ぶ誰かの元に行き。 そして、新たなゲームを挑んで行くのみ…」 尻餅を突いたままの女性は、この不気味な男の言葉に。 「ねっ、ねぇ・・、こっこ・これって、シナリオよね。 このゲームのシナリオよねっ?」 と、皇輝に尋ねながら立ち上がる。 だが、その問い掛けに対する明確な答えなど、持ち合わせていない皇輝。 一度だけ、苦い表情のままに女性を見て、その視線をススッと動かしメフィストゥへ向ける。 一方の顔だけ出すメフィストゥは、緩やかに女性を見て。 「フッ。 シナリオ・・とな。 まぁ、信じるも信じ無いも、人(プレイヤー)次第よな…」 やや見下して、せせら笑う仕草だけして見せてから。 「だが、な」 と、女性に向ける目を見開いた。 「なっ! 何よぉっ?」 言いながらも、後ろにまた後退りした女性。 ‘見られた’ 只それだけの女性だが。 まるで睨み付けられた様な、そんな感覚を感じてしまう。 そして、そのメフィストゥの瞳に魂を握り締められる思いがして、後の言葉ごと息を呑んだ。 (な゛・なに? 何よっ、この怖い瞳はっ!) ゲームの中なのに、例えようの無い畏怖に囚われる。 然し、それも仕方無いことだ。 メフィストゥの瞳は、形こそ動くから人の様でいて、その実に人形の様に心が宿って無い。 だが、ゲームのキャラクターにしては、その瞳は返って生々しく。 然も、見詰められる側は、それが創られたデータとしてだけの存在なのか解らないが。 恐ろしいと直感的に感じられる恐怖心が湧き上がり、闇の様な静寂が瞳を支配する強烈な虚無感を感じるのだ。 “こんな瞳が、他に在るのか。 こんな恐ろしい瞳が、高々ゲームのキャラクターに有る筈が無い” と、そう思う女性。 (変よ・・。 RPGのゲームに出て来る怪物よりも、コイツ《メフィストゥ》の目の方が怖いっ) 恐れ戦く彼女は、ゲームの中で体が震えた。 さて、完全に女性を黙らせたメフィストゥは、 「ま、現実に一度でも戻れば、そのプレイヤーも解るだろう。 この私と青年のゲームに巻き込まれた、その意味を、な…」 と、呟く。 メフィストゥは、何処か独り言の様な言い種だ。 然し、まだ不明な点が多過ぎると、皇輝はメフィストゥに向かって確かめる事を試みる。 「やはり、on-lineで俺に関わった者(プレイヤー)は、現実に及ぶ運命も同じなのか? このゲームの参加者は、俺と遭う事で同じ目に…」 「ふむ。 実に、良く理解しているな、青年よ。 正に、その通りだ。 云わば私の存在は、computer‐virusの様なプログラムだ。 私と最初に遭った君が、媒介役と云うべきか。 一種のコネクターと成っている。 一度でも青年の仲間に組み込まれれば、全ての運命は共用となる」 この話に、自分の存在が他のプレイヤーにも危険と知り。 (くっ、何て事だっ) と、自責の念を持つ皇輝。 だが、その内心を見透かしてか、メフィストゥは言う。 「然し、特別な訳では無いぞ、青年よ。 君は、不運にも目覚めた私に、最初に遭遇し合った・・それだけに過ぎない。 ま、君が敗れて駄目に成っても、また新たに君の代役を作るだけだ。 私の脅威を無にしたいなら、今の、この君と対決のゲームで、私に勝つ事だ。 それで、全ては終わる」 この二人が何を言っているのか、女性は全く飲み込み無い。 「ねぇっ、一体・・何の事よっ!! 訳が解らないわよっ!! ねぇっ!」 と、声を上げた。 するとメフィストゥは、俯いた皇輝を覗いて。 「ゲームのタイムリミットも有る事だ。 無駄話は、この辺にして於こう。 後は、君達が話し合えばいいだけだ。 それから、同じグループに入った以上。 ペナルティーも共用する。 覚えて置く事だな」 と、言葉を残した。 女性と皇輝が、それぞれの気持ちで見る中。 メフィストゥが、床の中に沈んで消え失せた。 まるで、水溜まりに沈み込む様にして…。 二人の前から消え失せたメフィストゥ。 一方、その登場にかなり驚いたのだろ。 女性は、皇輝の背を睨み。 「チョットっ、アレはなんなのよっ!! 一体どうなってんのよっ?! 死ぬってっ、一体どうゆう事よっ!!!!!」 と、矢継ぎ早に質問をぶつけて来た。 だが、完全に不測の事態だ。 皇輝本人も、まさか他人に累が及ぶとは思って無かった。 「………」 思わず、メフィストゥの消えた場所の前に進んで、考えるままに屈み込んでしまう。 その皇輝の姿が、寧ろ怪訝にすら感じられた女性。 怖かったメフィストゥも消えた所為か。 “言い過ぎたかな” と思う、冷静さが芽生えて。 「あ・・ねっ、ねぇ?」 前に這う様にして皇輝に向いては、少し言い方を変えた。 だが、重圧すら感じた皇輝も、このまま立ち止まっている訳にも行かず。 力無く立ち上がって、冷静に在ろうとしながら辺りを見回し。 「巻き込んでしまい、真にすいません。 ですが、その話は、歩きながらにしませんか。 先ず第一に、ゲームを進めないといけなんで…」 淡々とすら感じる物言いをした。 皇輝が彼女に手を貸して、女性を立たせた。 歩き始めた皇輝に、付随する様に動き始めた女性は。 「ねぇ、あの今の変な人が、私達が死ぬって・・言って無かった? アレって、マジなの?」 と幾分か、落ち着いて問うて来る。 新たなるステージのオートマッピングを確認する皇輝は。 「それが、自分にも良く解らない。 俺も、メフィストゥに遭ってからまだ1時間ぐらい。 休憩で現実に戻った時に、その答えが解るとか」 喋りながら、ちょっと複雑な別れ道に来たので、即座に浮いている地図にマーキングを入れた。 皇輝の説明を聴いた女性は、眉唾ものの様にも聞こえて。 「そんな事って…。 なら、一旦ちょっと戻ってみたら?」 処が、歩くペースを下げない皇輝。 「休む為には、中断しないといけない。 休憩したら、直ぐにゲームは再開する事が出来ない…。 メフィストゥの話では、現実での時間経過やゲームの進行に合わせ、俺の体は駄目になるって言ってました。 なら、最初はちょっと疲れるまで、一気にやった方がいいと思う」 ゲームを一緒に進める女性は、皇輝からこれまでの経緯を聞いた。 メフィストゥとの最初のやり取りを、ほぼ全て…。 「はぃ? スタッフが・・あの〔メフィストゥ〕って人を解放した?」 「正式には、プログラムと云うか、データのみの存在らしいですが。 ・・だそうです」 「で、でもよ。 ゲームサーバーの管理者が、知らずに要らないと思って、その監獄fileってのを削除したって事でしょ?」 「メフィストゥの話では、そうみたいですが…。 現場に立ち合って無いから、半信半疑な感じもしますね」 と、曖昧にした皇輝、 だが、直ぐに目を細めると。 「ですが…。 あのメフィストゥは、彼の話からしてプログラムの存在なのに。 何処か、怖いぐらいに人じみてる。 それは、データとは云え、〔サイバーライバー〕だからかもしれないけど。 でも、創られた経緯は、知りたいですね」 そう言って歩く皇輝を、女性は横から見て。 「然し、全て本当だとしたら・・、貴方もチョー運が無いわね~。 ま、貴方に遭った私も、そうだろうけどさ」 「確かに、本当に‘死ぬ’としたら、そうですね」 皇輝の返しに、言葉の乱れや動揺が見えない。 メフィストゥの存在も含めて、信じる気があやふやに成る女性だ。 「だけども、アナタってその・・スッごい冷静ね。 あ、私ね、〔佳織〕《かおり》よ。 この服装は、イリュージョンメイカーで飾ってるわ」 地図を見る皇輝は、 「自分は、〔皇輝〕《たかてる》と呼んで下さい。 姿形は、偽ってません」 と、手短に返した。 ‘佳織’と名乗った女性は、皇輝をじろじろと見回した。 「ゲームの中に来たのに、フツーの姿ね」 「えぇ。 個人的に、変身願望は無いので。 それに、ロープレでも無いんで、まんまでいいかと…」 「ふぅん」 「それより、アレは・・。 先に、何やら見えてますね」 言われて前を見た佳織は、 「また紙かしら」 と、返す。 その話から、自分と彼女のプレイするステージやクリア条件に、何ら変化が無いと知る皇輝。 「・・かも、知れません。 最初のワールドは、現実に存在する迷路が各ステージとなり。 パスワードとタイムリミットのみ、みたいですね」 すると、耳に触れて自分のメニューを出す佳織。 「でも、それなら助かったかも」 何事かと、皇輝が佳織を見返せば。 「私、こうゆうダンジョンとか迷路って、ニガテなのよね。 協力プレイって、オートマッピングも、地図の踏破も共有化するんでしょ?」 「あ・・、いや。 其処は、解りませんが」 佳織は、自身の周りに出る地図を出して、それを指で拡大化させる。 「でも、私と貴方が出逢ったあの交差点は、互いの歩いて来た分も踏破に含まれてるみたいよ」 言われて確認した皇輝は、確かにその通りだと。 「これは、確かに楽ですね」 と、言ったが。 (on-lineが外せないなら、もっとルールも把握しないとな…) メニューからルールの項目を選択して読む事に。 一方、踏破に勤しむ佳織は、皇輝よりも前に出て。 皇輝のやり方を見て覚えた、マップにマーキングをする事で、更に手応えを感じた。 「わぁ~お、マーキング機能サイコ~。 これなら、前半のワールドは、余裕~かも」 と、一人で喜ぶ。 さて、探索に気を戻した皇輝は。 「それは良かった。 では、他のプレイヤーに遭う前に、出来るだけ進めましょう。 今日発売のゲームですから、進めば進む程に。 他人と出遭う確率は、減る筈です」 と、急ごうとする。 処が…。 「あ、それは・・どうかな」 急に佳織が振り返って、皇輝に対してこう言うではないか。 「何故ですか?」 すると、佳織が思い返す様に。 「このゲームって、確か・・ほら。 世界一斉の同時発売で。 日付の遅いヨーロッパやアメリカの方は、前日に前倒し発売だから。 もう一日近く前には、売られてるって…」 この発売に合わせて休みを二連休にすべく、仕事をやや過密にした皇輝。 その為か、その辺りの事情をすっかり忘れていた。 「あ・・」 小さく声を上げた皇輝。 そんな処へ、更に佳織が。 「それに、ホラ。 F・Sって、高額商品でしょ? だから、〔SINYE〕と〔NNT〕が買えない人の為に、今年の11月に〔F・S・C〕を作ったじゃない。 其処には発売日の今日午前10時から、このゲームも標準登録されてる筈よ」 と、教えて来る。 メフィストゥに混乱して、ゲームをクリアする事に集中し過ぎたのだ。 すっかり、頭から抜け落ちていた。 「嗚呼・・、そうか。 これは不味いなぁ…」 何故か、頭を押さえた皇輝。 先ず、佳織が今に言った〔F・S・C〕とは、ファイナル・ステーション・カフェテラスと云う施設の事だ。 詰まりは、ネットカフェの中が、F・Sのルームに成って居る。 皇輝の記憶が確かならば、日本に500店舗。 世界で5000店舗が在る。 有料だが、ネットカフェより割高ぐらいで、時間制限は有りながらF・Sを使える人気スポットだ。 (ヤバいっ、急がなきゃ) 慌てる皇輝は、佳織の肩に手を遣る。 「え゛?」 いきなり見詰められる佳織だから、ドキッとする。 「な゛っ、何っ?」 然し、皇輝の目は鋭く。 「とにかく、クリアを急ごう。 誰かに会う前に、早く先へ行こう」 「へぇっ? だっ、だだ・だって、人数が多い方が・・楽じゃ?」 すると、激しく首を左右に振る皇輝。 「それが不味いんだっ」 「え? にゃ、にゃんでぇ?」 切羽詰まった物言いから、言葉がおかしく成った佳織だが。 彼女を真剣に見る皇輝は、事態は最悪だとばかりに。 「このゲームの各ワールド、各ステージには、色んな難易度設定が変更する仕様がプログラムされているんです。 既存の一人用の広さでプレイする為の協力者は、確か一人まで」 「え゛っ、え゛ーーっ! じゃ・・、もう一人、増えたら・・」 「はい、全ステージが、1人の時の1.8倍に拡大するんです」 「嘘ぉぉっ! い、急がなきゃっ」 急に慌て始めた皇輝の真意が、漸く佳織にも解った。 二人して迷路を歩く中、確認の為と皇輝は。 「佳織さんの話で、色々と困ったことを思い出しましたよ」 「何をっ?」 「このゲームは、年齢指定制限も、Bランク。 詰まり、小学生の高学年なら、休憩を挟む形で24時間プレイが可能です」 「あ゛っ、それってチョー不味いじゃないっ」 「それだけじゃないですよ」 「えっ? まだ、何か有るの?」 「テレビのニュースで遣ってましたが。 このゲームの発売記念で、何処かの国の首相が買うって言って。 過激派組織が、インターネットテロ予告もしましたでしょう?」 「あっ、確か・・中東のどっか…」 「そんな人がもし協力者に成って、俺が失敗したら…」 「うわっ、うわわわ…。 このゲームって、映画スターとか、俳優や歌手も買うって言ってたよね゛っ?」 「メフィストゥの存在が、このゲームの隠れた仕様とかで嘘ならいいですが…」 「あ、そうよ。 やっぱり、仕様なんじゃない? プレイヤー同士が、本気で協力する為の理由付けみたいな」 この意見を受け入れたい皇輝なのだが。 「ですよね。 本当に、それならイイんですが…」 「皇輝さんは、何がそんなに気になるの?」 メフィストゥとの会話が頭より離れない皇輝。 「実は、とても引っ掛かって仕方ない事が在ります。 コレがゲームの仕様とは思えないのは、メフィストゥが10年前のタブーを持ち出して来た事。 それが、どうしても引っ掛かるんです」 「“10年前のタブー”?」 「はい。 あの、10年ほど前にF・Sのイベントで起こった前代未聞となる大事故は、ゲーム関係者には口にしたくない最悪の出来事。 ゲームを売りたい側の企業としましては、感じて欲しくも無い筈の出来事です」 「あ、た・確かに…」 「例え、嘘でもそんな事を臭わせたら、あの事故の事を知っている過敏なプレイヤーは、プレイを止めたり。 また、F・Sの運営側となるハード開発側に苦情の“ご意見”を出しますよ。 そんな大きなリスクを負ってまで、キャラクターのセリフに使いますかね」 すると、佳織から。 「それ、無理かも。 そうした混乱を招くワードって、開発の時にチェックを受けるって聞いたわ。 確か、ゲームの内容にも、国とハード開発側の大手2社から検閲みたいなチェックを受ける筈じゃなかったっけ?」 「はい。 それに、我々の様な、事故を知らない者では知り得ない、経験者側の様な物言いをしたんです」 「ん〜、何か怖いなぁ」 「推奨年齢指定も、Bならば。 “殺す”とか、“お前の精神を破壊する”なんて、そんな内容の台詞は使えない筈ですし」 「あ〜〜〜そうね。 確かめたいけど、外部への接触は禁止かぁ。 もし破ったら、死んじゃうのかな」 「メフィストゥの話では、そうなると…」 此処で、マップ情報を眺める皇輝は、少しでも早く先に行こうと。 「とにかく、このステージを含めて残り4つクリアしないと、次のワールドにすら行けない。 佳織さん、少しでも慣れたら手分けしますよ」 と、皇輝は言った。 二人して迷路を回れば、見付かる紙は三枚。 先ず、1枚目に〔犬〕と来て、 「あっ、桃太郎だ」 と、直感的に佳織は言う。 然し、〔ニワトリ〕と〔猫〕の紙を持った皇輝は、 「多分、違うと思いますよ」 と、見せて呟いた。 “絶対、答えは桃太郎” 自信満々に言い切る佳織だったが。 ニワトリと猫は、爺さん婆さんのペットと言い出す。 また、踏み切りとノートパソコンの在る場所に来て、キーを押して見ると。 ― コノ、絵ニタリナイ動物ハ、ナニ? ― と、文字が出る。 パソコンの置かれた石台に手を掛け、その場でしゃがむ佳織。 「え゛ぇっ、動物ぅ? 桃太郎は、人でしょう? あ゛っ、鬼かっ! いや、いやいや…、爺さんと婆さん?」 驚いた後、色々と文句から思い付く事を言い放つ。 それを脇から見ていた皇輝が。 「‘犬’と‘ニワトリ’と‘猫’ですから、恐らくは、〔童話、ブレーメンの音楽隊〕だと思いますよ。 だから、答えは・・‘ロバ’」 入力すれば、警報機が‘カンカン’と音を出して、横に成っていた踏み切りが上がり始める。 それを見た佳織は、プゥっと頬を膨らませ。 「童話なんて読んだの、ちぃーちゃい子供の頃よ。 今更に問われても、直ぐに出て来ないって」 だが、次のステージへ続く道を見た皇輝は、 (俺も、幼稚園の頃と思いますが・・ね) と、思うだけにする。 この佳織の性格を察っするに、口に出せば嫌みに成りそうだから、言わなかった。 その先に向かうと次は、ヨーロッパの古い街並みのような四角い建物が、垣根や併の代わりに並ぶステージへ。 「うわ・・、家の感じが・・トタンに絵を描いたみたい。 ショボショボだわ」 手抜きの様な景観に、ケチを付ける佳織。 確かに、道に添う建物の隙間は、板の側面の様に見える。 だが、そんな事など、どうでもイイ皇輝だから。 「じゃ、佳織さん。 ちょっと、手分けして試してみましょう。 クリアが早すぎなければ、手分けを続けましょう」 然し、T字路を左へ行こうとする皇輝の腕を、いきなりムズッと掴む佳織。 「チョット、今のナニ」 「は?」 “クリアが早すぎなければ” 「って、私が出来損ないって事? いいわ、先に50%の踏破してやるっ」 急に、勘違いをしてしまう佳織に、皇輝は困り果ててしまう。 皇輝の腕を放して、苛立ったまま右側へと行きかけた佳織に。 「佳織さん、そうじゃなくて…」 と、皇輝が言えば。 振り返った佳織は、ムキに成った顔を丸出しにして。 「ナニよっ、負けるのが怖い訳っ?」 こう言って来る。 困る皇輝だが、理解して貰わなければ成らないルールも在ると思い。 「あの、二人で協力プレイする場合ですね。 調子に乗って早くクリアすると、我々のプレイヤーランクが上がってしまい。 自動的に難易度設定が変わる事で、他のプレイヤーとリンクし易く成るんです…」 「………」 苛立つ顔をどうして良いものか・・と、立ち止まる佳織は顔を困らせる。 そんな彼女に、皇輝は軽く頭を下げてから一応は・・と。 「早く踏破するのは、一向に構いませんが。 途中で答えが解っても、タイムが10分を過ぎるまでは、答えを入力しないで下さい」 と、必要な注意点を伝えた。 「では」 必要な事だけ伝えた皇輝は、佳織の視界から消えて行く。 勘違いが恥ずかし過ぎて謝ることすら出来なかった佳織は、自分の向かうべき右側に向くなりガックリと項垂れて。 (嗚呼、絶対に‘面倒な女’か。 ‘勘違いし易い、オツムの足りない人’って、彼に思われたわ…。 絶対・・絶対よ。 これ、女のカン) と、しょぼくれて歩く。 そして、佳織が踏破率43%を刻む頃には、皇輝が55%を超えてほぼ回った事に。 先に、紙を一枚見つけて、踏み切りに来ていた佳織が。 個人チャットで、皇輝に繋いで来た。 〈ねぇ〉 “共通する好物は、何か” 〈だってよ〉 戻る途中の道すがら、問いを聴いた皇輝は、 〈それなら、前のステージでの佳織さんの予想が当たってます〉 と、返答する。 何故ならば、皇輝の手に有るのは、〔猿〕と〔雉〕の絵。 佳織は一枚のみと云うのだから、今度こそ‘桃太郎’だろうと思えた。 然し、佳織からは。 〈前のステージって言っても、犬の好物って・・‘骨’? でも、今時は‘ドッグフード’じゃない?〉 と、トンチンカンな答えが返って来る。 すると、数秒を置いて。 「フッ」 失笑を止められ無かった皇輝が、一瞬だけ吹いた。 すると、チャットの向こうからは、 〈あ゛っ、笑ったな゛っ!〉 〈いえ、・・いえ〉 否定する皇輝の声が、またもや笑っていた。 怒る佳織だが、戻って来た皇輝から紙の内容と答えを聴いて。 今度は赤面して、キーを強烈に叩いた始末。 “きびだんご”と入力すれば、踏切が上がる。 「何じゃゴラァ! コッチの頭の中を読んでクエストが変化スんのぉっ?」 怒りに油を注がない様に、黙った皇輝は次のステージへと歩く。 次のステージに進んだ皇輝と佳織は、二人してクリアに向けて頑張った。 メフィストゥと云うイレギュラーが、何処までリアルなのか。 二人には、さっぱり解らない。 だから、今はゲームを進めるしか、考えが浮かばなかった…。 さて、似たり寄ったりのステージが、5つを一括りで一つのワールドを形成する。 庭園、レンガ公園、旧市街地と、ステージを進んで。 次のステージ4は、噴水が壁となり。 その噴水の壁に挟まれた路を行く。 数分置きに、数秒ほど噴水が見上げる程に吹き上がる様子を見た佳織が。 「噴水のグラフィックはチャちぃのに、こんな所だけ凝ってるわね」 すると、皇輝から。 「だから、注意すべきです」 立ち止まる佳織、合わせて立ち止まる皇輝。 「へ?」 佳織に見られた皇輝だが、噴水の水が元に戻ると。 「ほら」 皇輝の指差す先には、噴水の水が壁の位置よりも一部だけずっと下がっていて。 マッピング機能で見る皇輝は、四角いブロックが並ぶ様にして路を意味する中。 抜け道は、その方向に虫食いの様なマークが入ると解り。 「佳織さん、手分けをしましょう。 まだ最初なので、マッピング機能も解りやすい」 教えられた佳織は、1度踏破した場所に印が付くので。 「マッピングを出しながら行くしかないね」 「では」 此処では、数学の歴史からのクイズとなり。 “アキレウスの亀”と聴いた佳織は、その説明も聴いては。 「下らない妄想なんかすんなぁ! 人の足と亀の足で、無限に追い付けないって有る訳ないじゃない!」 と、1人で怒鳴る。 最後のステージ5では、様々な車両が壁だった。 スクラップの車と云うよりは、無作為に大きさだけ合わせる様に車両をブロックの様に積んであるのみ。 青空の下で、クラッシックが流れる中。 こんな車両の壁も中々に異様だが。 電車の下に車が2台横たわる。 錆びた様子も無いスポーツカーが並ぶのを見た佳織が、少しガッカリして。 「合わせて2500万円はしそうな車が、電車の下敷きかよぉ。 勿体ないわ」 「車、お好きですか? 自分は、燃費ばっかり目が行きますよ」 「あら、今のスポーツカーは、燃費から環境まで考えられてます」 話している所で、奇妙なレバーの着いた細身の自販機みたいな物が見えた。 佳織がレバーを引くと、車両の壁が2つに別れて、先の路が見える。 また、手分けと成った。 佳織は、まだメフィストゥの存在に半信半疑で、ゲームのキャラクターと云う気持ちが強いのか。 度々に、チャットを繋げてはアレコレ話してくる。 会社の愚痴から、ゲーム機の値段が高いだのと…。 それを聞き手に回る皇輝は、紙を集めながら答えを探す。 見つけた紙は、太陽、惑星、衛生、彗星、流星。 最後の紙には、不思議と文字が在り。 『STARは、どれか』 問題を見た佳織は、むくれっ面となり。 「全部、星じゃない」 溜息を吐く皇輝は、台座のPCに“太陽”と。 - セイカイデス。 - カンカンカンと、踏切が上がる。 驚くのは佳織で、歩く皇輝に並びながら。 「な、何で、太陽なの?」 「STARとは、夜空に輝く星の事。 日本は、夜空に見える全てを星と言って、時に混同しますが。 基本的に、星は自分で輝ける恒星の事です。 月も、また金星や木星や火星も時に肉眼で見えますが。 あの見えるのは、太陽の光を反射して見えているだけで。 自分から光り、輝いている訳じゃ無いんですよ」 「え、マジで?」 「一応、クイズは正解してますが?」 「う"ぅ〜〜ん」 然し、最初のワールドは、本当に普通の迷路だったので。 差ほどに迷う事も無く、二人だけで切り抜けられたが…。 次のワールドは、〔塔・初級編〕と来た。 そのワールドを象徴する名前を見た佳織は、 「‘塔’って、何? ‘東京タワー’とか、‘エッフェル塔’みたいな奴かしらね」 と、真面目に考えるが。 「それぐらいだと、中の構造からして迷路には成らないのでは? もっと複雑な奴で、登ったり降りたりする…」 との、皇輝の推測を聴いて。 「イヤよっ! 会社で階段を上り下りするだけで、それは十分っ」 想像して苛立つ佳織。 然し、次のワールドの情報を読み込み、構築するロードの様な時間のつもりか。 灯りも無いトンネルの様な、真っ暗闇の道を抜け出した先で、本当にビルの中に出た二人。 ワナワナする佳織を余所に、メニューを呼び出した皇輝は、ステージタイトルを見て。 『塔・初級編。 雑居ビル』 「と、書いて有りますね」 悪い推測が現実に成ったと、口先を尖らせる佳織は、 「このゲーム、嫌な事を迷路にする様に出来てンじゃないの?」 と、皇輝に絡みそうだ。 やや喧嘩腰に言う佳織に、ちょっと引けた皇輝は。 「‘雑居ビル’の程度ですから、数階規模でしょうね。 それより問題は…。 このクリア条件が、ワールド1と一部変わっていて。 今回は、〔鍵〕が必要と在りますよ」 並んでその情報を見る佳織は、 「ウキィーーっ! 今時に‘鍵’ですってぇぇぇっ! せめて暗証コードとかっ、カードにしなさいよっ!」 と、不満を垂らす。 が。 先ずは様子を窺おうと、歩き始めた皇輝は思う。 (‘鍵’と‘暗証コード’と‘カードキー’と、どう労力に違いが在るのかな…) 数学の超難問と匹敵しそうなぐらいに、答えが見えない疑問だと思った。 さて、何処にでも在りそうな雑居ビルの景観が、次のステージだった。 オフィス、未使用の空き部屋、更衣室、社長室などなど。 妙にリアリティの在る部屋が在る。 一人で上の階に来た佳織は、‘給湯室’に入ると。 (女性社員の憩いの場だわね~。 でも、意外に話してる内容は、時にエゲツないのよ…) こんな事を考えて、電源も入って無い冷蔵庫の上を探す。 (こんな所に、在るわけ無・・、あ!) 何か固いものに触ったと、それを掴んで取って見た。 「・・・」 手にしたのは、背中を掻く‘孫の手’で。 また、怒りがこみ上げて来た佳織は、 「妙にリアルな物を置くなあ゛っ!」 と、壁に投げた。 一方、下から各部屋を見回る皇輝は、‘部長’と書かれたプレートの乗るデスクにて、ベタな形の鍵を発見。 (よし、後はゲートを探しながら、踏破率を上げればイケる) と、佳織に連絡を入れた。 そして、経過タイムが20分過ぎに、ワールド2のステージ1をクリアした。 社長室では無く、秘書室にゲートが在るのが。 何とも意味深に感じた。 然し、次のステージ2は、細かい部屋割りと、ビルが内部にて半分に別れた二重構造に。 それが、ゲームの主体と成る迷路の様で。 二手に別れた皇輝と佳織だが、佳織が文句を定期的に入れて来る。 雑居ビルの左側を行く皇輝は、その対応をしながら先に最上階へ。 ・・と云っても、たった4階。 それでも、見て回った部屋数は、40近い。 〈佳織さん、左側の最上階へ来ました。 社長室の仮眠室に、脱出ゲートを発見しました〉 と、伝える。 だが、通信先の佳織からは、 〈皇輝さん、私・・・何処?〉 と。 ‘迷ってる’、そう感じた皇輝は、黙って佳織の行った右側に向かった。 ビル右側の二階で、四角くループする廊下が在る。 廊下の左右には、細かく部屋が存在する場所にて、迷って居た佳織を発見する。 「ね゛ぇっ! ビルがこんな複雑でいい訳ぇっ?! ね゛ぇっ!!」 酷く酷く不満げな佳織だが。 (ゲームですよ、ゲーム。 意地悪な所がないと、難易度なんて言葉が必要なくなりますよ…) 呆れて、この言葉すら言えない皇輝だった。 さて、皇輝の思う通りに、やはりゲーム。 第二ワールド、ステージ3に来ると。 『奇抜デザインビル』 と、云うタイトルの世界観にて。 ゲーム開始から、数分後。 〈うわっ! ねぇ、地下まで在るわっ〉 佳織がチャット機能にて、地下フロアまで広がった事を教えてくれる。 確かに、ステージ2までは、ビルの中身のみがステージだったのに。 このステージからは、地下室から地下駐車場、果てまた別棟なる場所まで現れた。 現実の雑居ビルは、近年だと個性的な形が多い。 ドーム状だったり、サンドイッチの様な三角だったり。 また他には、外見にはピラミッド形を半分にカットした様な物。 変則交差点に配慮して、扇状みたいな変わった姿の物まで在るが。 ステージ3以降では、そんな奇抜なデザインのビルが、次々と現れる。 然も、ゲームタイトルの〔迷路〕にも配慮しているのか…。 (あ、行き止まり・・か) 女性用トイレのみが、廊下の行き止まりに在る様に見えて。 皇輝は、引き返そうとするも…。 「・・ん?」 女性用トイレの入り口が在る、その左右の壁。 一見すると、ただの壁の様だが。 左側の壁は、何故か立体的に下がって居る様に見える。 (どうして、壁が平面に無い?) 不思議に思った皇輝は、その行き止まりの絵の様なトイレに、一歩を踏み入れると…。 (あ゛っ、これは…。 トリックアートみたいに、視覚へ錯覚を及ぼすデザインなんだっ) これに気付く時、真っ先に浮かぶ心配は見落としだ。 直ぐに、佳織へチャットを繋ぎ。 〈佳織さん、聞こえますか?〉 〈はいは~い〉 〈あの、これまで来た場所で。 錯覚を引き起こしそうな、変わったデザインの施された場所は、在りませんでしたか?〉 その時、‘営業二課’と云う一室の前に来た佳織が。 〈ハァ? ‘錯覚’ぅ?〉 と、動きを止める。 〈はい。 例えば…〉 “入り口の左右に在る壁が、左右非対称で。 片側が出っ張ったり、引っ込んだりしていたとか” “他には、押し戸のドアが、壁ギリギリに作った在り。 ドアを開くと自動的に、壁の一部に蓋をする様に隠す” 〈とか。〉 皇輝の話に、目を見開く佳織。 〈げっ、ソゲなイジワルが在るのっ?〉 〈はい。 女性用トイレの片側の壁が、引っ込んだ様に見えたのですが。 入り口の真ん前に来ると、引っ込んだと見えた部分が、実は出っ張っていて。 左側の壁には、男性トイレが奥に伸びてました〉 〈アイヤ~っ、トリックアートみたいじゃないよぉっ!〉 〈そうです。 また、このステージからは、鍵が二つ必要。  必要な鍵の一つは、今言った其処で見つけ出したので。 もう一つ、何処かに在ると思われます〉 “随分とゲームらしく成って来た” こう感じた佳織で。 〈わ、解ったぁっ〉 返事をしながら、営業二課のドアを勢い良く押し開いた佳織だが・・。 其処でふと、ドアを見ると。 (あら、このドア・・壁際に…) 開いたドアが、壁の隅を見事に隠す。 念の為と、扉の裏を覗き見ると…。 「う~わ゛っ。 壁と同系色でも、開いたドアが枠に成って、隠れた壁にもドアノブも付いてるぅぅっ」 今、皇輝に言われなければ、全く見過ごしていたと思えたこのトリック。 双方の部屋を探索する佳織は、自分からチャットをまた繋ぎ。 〈皇輝さん、ホントにそんなのがア゛ッタわ。 何だか心配だから、これまで来た場所ももう一度、一から見回りに戻るね〉 佳織のこの判断に、皇輝は寧ろ有難いと感じて。 〈構いませんよ。 寧ろ、見逃した場所が多ければ多いほど、後から見回る時間が費やされます。 まだ、二人の踏破率は40%弱。 早めに気付けたと思って、見落としを防ぎましょう〉 と、皇輝が返した。 〈はいはい、貴方ってば冷静で助かるワ~。 ね、私のお婿さんに成る気在る?〉 ややドジな自分を知るのか、佳織が変な事を言い出した。 〈‘お婿’ですか・・〉 別の場所で、部屋から部屋を移動しながら、具に観察する皇輝。 集中する方向が違うから、気のない返事をする。 すると。 「あのねっ。 アタシの容姿は、基本的にこのまんまだかんね。 胸だって、Eだぞ。 イーっ!」 自慢げに繰り返した佳織だが。 消火ホースを収納する赤色扉まで、トリックアートのネタに使われていた。 そんな場所を見つける皇輝だから。 〈ハイハイ。 佳織さんがイケた女性とは、一応・・理解してますよ〉 ヤケにデカいと感じられた、消火ホースを収納する赤色扉に近付くと。 向かって右側に、横に成って入らないと行けない隠し部屋が…。 入り方をどうしょうかと、壁に沿った皇輝へ。 〈クリスマスにでも、デートしない?〉 ヌルい佳織のお誘いが、追撃の如く来るのだが…。 〈佳織さん〉 〈あ、OK?〉 〈いえ、そうでなくて…〉 〈はぁ?〉 〈廊下に在る消火ホースを収納する赤色扉の裏にも、シークレットルームみたいなのが…〉 すると、チャットの向こうから、 〈嘘っ? どんな雑居ビルよっ! ヤバい組織の事務所みたいじゃいっ〉 佳織のすっ飛んだ意見が返って来る。 (‘ヤバい組織’って、知ってるんですか?) こう感じた皇輝だが。 それを言うのも惜しい程に、今はゲームと向き合いたいから。 〈あ・・、すいません。 大きい消火栓とか、規格外に大きなモノには、気をつけて下さい。 ちょっと、探索に集中します〉 と、素っ気なく返した。 ゲームをする趣旨を思い出す佳織からは、 〈あ゛、ごめんなさいっ〉 と。 佳織の謝るタイミングは、何だか‘自爆った感’が漂うものだった。 皇輝が踏み込む消火栓の収納ケースは、中に入ると5部屋も在り。 (気付けて良かったな。 コレでも、踏破率は違う。 この先、難しい条件で踏破率80だの90%だの言われたら、こうした事が命取りに成る) 静かになり、皇輝はメフィストゥの事を考えながら見回る。 少しして、佳織から鍵の発見が報告された。 さて、ステージ3は、何とか踏破率70%台で鍵を二つ発見し。 戻って見回ったロスを少ない労力で取り戻せたが。 その次のステージ4は、タワー型駐車場と隣接した様子で。 形の違う雑居ビルが二棟隣接する内部と、更に広域化していた。 「ふひぃ〜っ。 何なのよ、このステージはっ」 タイムを確認する皇輝は、大して増えていない事を確認。 「これは、最初から手分けしましょう。 前より、5分しか時間(タイム)が増えてません。 雑居ビルを早めに見て回らないと」 「でもさぁ。 コレで、1人分でしょ? 普通にしても、キツくない?」 「確かに。 もしかすると、これもメフィストゥの影響かも、ですね」 「はァ…、キャラだったら、ご意見メールに怒鳴りつけるわ」 2人して、別れた雑居ビルの左右へ別れた。 処が、踏破率が60%を超えても、鍵が一つとして見つからず。 二人して手詰まり状態と成る。 行くべき道が見つからず。 開始から30分して二人は、一階のエレベーター前に集まる。 「皇輝さん。 もう地図を見る限り、全部屋に行った感じだよ?」 階段前の宙にマップを出して、手の動きから拡大した佳織は。 様々な角度からマップを見て、もう行き場所が無いと困惑する。 然し、そのマップを見詰める皇輝は、考える時のクセで。 自身の右手で、首を撫でる仕草をすると。 「いえ、まだ踏破率が64%。 行ける所が、何処かに在る筈」 だが、もう全て見回ったと、行き詰まって困る佳織は、グタァ〜と屈み込んで。 「あ゛ぁ~、攻略情報の共有が出来る専用掲示板に、書き込みはダメかな」 「それはペナルティーの一つで、外部との接触に成りかねませんよ」 「ヒィっ、キビシ~」 嫌に成ってか、その場でガックリ項垂れる佳織。 然し、地図を見ていた皇輝は…。 「答えは、恐らく不自然な場所に在る様な気がします。 このビルで不自然な場所は・・、わざわざ専用の地下通路が有る、タワー型地下駐車場…」 「え゛ーっ、しっかり見て回ったケドぉ~。 じゃ、もう一度行く?」 「はい」 地下通路からタワー型駐車場の地下フロアに入った皇輝は、その駐車場を見て。 「なるほど。 確かに、不自然なモノが在る」 と、呟いたではないか。 先に佳織が見回した駐車場だから、 「え゛っ、何っ?」 と、皇輝に寄る佳織。 すると皇輝は、或る一点を見詰めて。 「前のステージにも、地下駐車場は在りました」 「そうよ」 「ですが、車は無かった。 あの、一台だけ在るワゴン車は、明らかな変化です」 と、一台だけポツンと在る車に近寄って行く。 皇輝の言う通りに、一台だけ在る車を見た佳織は、 「アタシっ、車の周りだってちゃんと見たかんねっ」 と、皇輝に言って付随するも…。 車を見る皇輝は、車体の下も見て。 (車の真下の床が見えない・・か) と、立ち上がるなり、車のスライドドアを開く。 外側から見ただけの佳織だから、 「嘘っ、ひ・開いたっ! 不用心っ!!」 と、感想を連発。 だが、車内を覗いた皇輝は、身を戻すと。 「う~ん。 確かに、佳織さんの云う通り・・、かも知れませんね」 と、意味深に佳織を見返した。 「え?」 何事かと、自分の不備に対する粗探しをしながら、指摘に身構えた佳織だが。 皇輝は、車に首をやって。 「何処かのヒーロー物に出て来る、秘密基地みたいです」 こう言うではないか。 この皇輝の発言には、佳織もまた意味不明と怖がり。 恐る恐る、車へと近付いたのだが。 車内のど真ん中に、何と下り階段が在るのを見て。 「な゛っ、なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!」 地下駐車場に轟く様な、スゴい怒声を上げた。 ま、道が見付かり。 兎にも角にもその隠し階段を降りた二人。 そして、その降りた先には、 “地下にビルでも建設したのか” こう思えるほどの階層が存在。 その地下室の方々に、見当たらなかった鍵が3つとも隠されていた。 そして、残り時間が15分を切ろうと言う頃。 見た目が変わらない、‘脱出用ゲート’となる踏み切りを前にして。 「絶対、ゼェッタイっ、ズゥエ゛ェ~ッタイにバカにしてるっ!」 階段を見付けられなかった事に端を発して、不満全開でイライラする佳織。 八つ当たりなのか、鍵をヘシ折りそうな程に力強く回す。 それを黙って見ている皇輝は、 “創り手の意図に添い、上手く弄ばれている立派なユーザー” と思って、何も言わない。 普通、ゲームの制作サイドは、そんな事を想定してトラップを仕掛けているのだから。 これもまた仕方ない事だと、皇輝は思った。 だが、第二ワールドの最終ステージに突入すると…。 手分けした佳織から、チャットが繋がり次第に。 〈ちょっとぉっ!! この雑居ビルっ、隣の雑居ビルと繋がってるじゃないよぉぉっ!〉 女性らしからぬ声の佳織に、皇輝は対応もウザいと感じ。 (普段のリアルも、あんな感じかな? さっきの案件は、是非に辞退…ブツブツ) 自制心を働かせ、口に出さずして想いながら。 〈佳織さん、落ち着いて。 大凡、これまでのステージを総合した上での、おそらくは応用編です。 錯覚やトラップの経験を思い出して、一つ一つ見回って行けば大丈夫ですよ〉 すると、チャットの向こうから、 〈そっ、そうね。 でも、出来たら皇輝さんのハニートラップを、私としては期待したいわ〉 と、返って来るが…。 10秒後。 〈ちょっとっ、無視しないでよっ!〉 と再度、佳織の声がした。 ハニートラップなどされても、した事が無い皇輝で。 この状況にて、そんな事をする気力も湧かないので黙っただけなのだが。 だが、これも前回のステージ4の‘車効果’か。 佳織も、具に見回るから見逃しはなく。 効率よく回る事で、ステージ4より順調に回れた二人。 残り時間を30分近くも残して、余裕を持って次のワールドに入るのだった。       SCENE Ⅵ   【同じ時に交錯するそれぞれ】 [REAL TIME SCENE.-獅籐と花蓮-] 深夜23時半過ぎ。 今。 ゲームの中に居る皇輝は、不安と恐怖と疑問の三重苦を味わう最中だ。 それを外部へ伝えられず、またそれ故にイレギュラーの実態を知る事が出来ず。 虚実と現実の世界に別れた、皇輝と獅籘だった。 そして、現実に居る獅籐は、花蓮と二人で地下鉄の‘神宮前駅’に居た。 「あ~ぁ、やっぱりメール来ない゛ぃ~。 “ラビリンス”を遣りたいお~」 ホームの一角にて、閉店したコンビニに背中を預ける花蓮は、スマホを持った手をコートのポケットに手を入れて。 濡れた傘を片手に、皇輝からメールが来ない事を悔しがる。 確かに、街頭モニターやTVなどのCMで見れる、ゲーム【‘迷路~ラビリンス~’】の雰囲気は、サスペンス感と云うか、ホラー感が溢れ。 F・Sの専門誌でも、かなりの高評価だ。 一方、愚痴る花蓮の間近に居る獅籐は、 “ゲームは、スマホか携帯ゲーム機で十分” と、思って居るからか。 「フン、仕方無いさ」 鼻先で笑ってから、スマホを覗きつつ。 「あ~ぁ、今夜は何かスゲェ疲れたな~」 駅の太い支柱の壁面に背中を凭れさせて、傘を立て掛けてはこう呟いた。 然し、その内心では…。 (ユウも、蘭宮も、結局は音信不通のまんまだよ。 チッ) と、不満が蠢く。 愚痴る花蓮の声すら、耳に入らなく成る獅籐の眺める先には。 “レーンに入る磁気列車〔マグネステアー〕が、ホームで待つ客に危険を及ぼさない様に” と。 あらゆる危険防止の為に設けられた、透明なシールドが入った。 そのシールドを眺める獅籐は、ユニットの終わりを感じていた。 ギターも、ベースも、ドラムも出来る獅籐だが。 いっぺんに全てを出来る訳では無い。 然も、変則的だが、バンドらしい集まりの今の形態が壊れると。 作曲や編曲をする獅籐としても、音楽をやるスタンスに悩む。 そんな獅籐の頬に、冷たい空気が吹き付けた。 階段から吹き抜けて来る風が、外の風の様だ。 (はぁ、そういや駅前に、暖房の調子が悪いって、立て看板が在ったな。 やっぱり、12月だけ在るゼ) 寒さにちょっとだけ、首を竦めた獅籐だが。 (にしても・・・今日のは、意外にウケが良かったな…) ぼんやりと、続けてそう思った。 花蓮と続けて歌ったあの歌は、何時もの自己主張で出す高音域の裏声などを使った歌では無い。 ゆっくりと発声の基礎に沿った、オリエンタル風なロックか、ブルース調のバラードだ。 初めてやった曲の割には、後の拍手が多く。 ライブハウスのあの名物マスターすら、 「いい曲、作ったな」 と、短い誉め言葉を言ってくれた。 このマスターが褒める言葉のみなど、とても珍しい事だ。 ちょっと暗い曲だから、自分としては不安だったが。 周りの反応からしても、何とかモノに成った感がある。 (花蓮と二人に成る可能性も考えると、ソロでも反応がイイ曲が在るのは・・・助かるな。 タカさん、ありがとう) 皇輝が作詞した歌を、自身の心に握り締めた獅籐だ。 さて、花蓮をマンションまで送るべく、入って来た別方向の‘マグネステアー’に獅籐も乗る。 今夜は雨の所為か、既に人気の少ない電車内。 窓を背に、横に長いシートへ二人で座ると。 揺れも少なく、滑らかに走り出したマグネステアー。 然し、さっきからスマホの画面ばかりを気にする花蓮へ、獅籐が言う。 「なぁ、花蓮」 「ん~?」 「もし、ユウや蘭宮が居なくなったら、ど~するよ」 すると花蓮は、誰も居ない前の席を見ると。 「別にぃ〜」 「別に、ってよぉ」 「私、最初っからあの二人は、レオと合わないって思ってた」 と、ハッキリ言う。 流石に、こうゆう処は性格が出る。 花蓮は、以前からこの話をしていた。 上手い、下手より、仲間として確りしたメンバーでやり直そうと。 花蓮に下心が有るユウは、音楽に対する本気度が趣味の‘好き’の域から抜け出だそうとする気が無い。 獅籘の才能、花蓮の歌声やアイドル性、蘭宮のイケメンとキャラ性に依存していて。 自分は、負んぶに抱っこ状態でも構わないと思ってる様子が見受けられた。 また、一方の蘭宮は、音楽に対する純粋な欲求や意欲を捨てて、とにかく売れて金を得るだけの薄汚い強欲に塗れている。 花蓮を引き抜く事以外にも、獅籘をダシにして自分を音楽プロデューサーへ売り込もうとした事も在り。 容姿の良さで若い女の子を引っ掛け回しては、バズれそうな強みを持つ誰かを探して居る今だ。 有名なモデルや、下積みをする女優の卵となる女性の中には、蘭宮を危険な男と認識している者も居る。 何人かは、借金の肩代わりをさせられたと噂されていた。 「レオ。 もうさぁ、あの二人に縛れるのは、この際だから止めようよ。 アタシ、特に蘭宮とは一緒に居たく無い」 花蓮を見る獅籐は、確かに裏に回って色々と画策する蘭宮が一番に気味悪いと感じて。 「花蓮の気持ちは、最もだな…」 確かに、蘭宮の身勝手は度が過ぎて居る。 最初、花蓮をアイドルとして売り出そうと、怪しい芸能事務所のスカウトを連れて来たり。 その後、花蓮のスマホには、AV製作会社からスカウトが来たり。 挙げ句の果てに、クリスマスライブには芸能関係者を呼ぶから、二人でデビューしようなどと…。 花蓮も、メジャーに成りたい気持ちは在る。 が、然し。 蘭宮のやり方は、花蓮でなくても何処か怖い。 彼は、紹介する者を‘芸能関係者’と云うが。 何の仕事をするのか解らない、腕や首にタトゥーを入れる者ばかりだ。 実は、その紹介された者の内の一人は、獅籐が顔を知っていて。 売れない芸人ながら、AV出演やら暴力団関係者と付き合いが在る、曰く付きの人物だった。 また、別に紹介された関係者と云う人物は、数日後に脱税容疑で捕まっていた。 そんなこんなで、花蓮は蘭宮が大嫌いだ。 出し抜きデビューの話は、大学からの帰り際を待ち伏せされた形だが。 そうでも無い限り、二人きりで会いたく無い。 だからか。 「ねぇ、レオ。 特にあの蘭宮は、私達のユニットに未練や拘りなんて、まぁ~ったく無いよ。 あんな奴を何時までも入れて置いたら、ユニットが壊れる。 蘭宮が抜けるなら、私は万々歳ぃぃ~~~」 花蓮の本音を聞かされた獅籐は、それならそれでしょうがないと。 「そっか。 ま・・それならそれで、仕方ない」 と、納得する。 だが、獅籐には、まだ遣るべき事が山積しているので。 「だが、そうなると。 クリスマスライブと年末年始のライブは、花蓮にソロ歌で頑張って貰うぞ」 と、打診する。 蘭宮に拘らないならば・・と、ニコニコした花蓮。 「いいよぉ。 私は、最初っからレオと二人でイケるって思ってた。 タ~ダ、たま~に作詞は、嵩木さんにやって貰えるとイイな~」 皇輝の事を口にする花蓮だから、獅籐も苦笑いする。 (やっぱり、ホレてるな・・こりゃ) そして、F・Sの事を蒸し返す花蓮に、獅籐は苦笑うしか無かった…。 [RE START 別のSCENEへ移動] ------------------------------------------------------------ [REAL TIME SCENE.-謎の場所-] 其処は、何処に在る施設なのだろうか。 天井に近付くほど暗い空間で。 大学の講義堂が幾つも入りそうな、ドーム球場並にとても広い、楕円形と云うか、卵形の様なホールの中。 その中で先ず目立つのは、無数と存在する様々なモニターだろうか。 1番に目立つのは、ホールの広い壁の一角の高みに備え付けられた、巨大なモニター。 街頭の高層ビルの壁に設置して在る物と、感覚として同型の大きさだろう。 また、この広いホールの中央の天井から下がる、360℃の円形モニター。 そして、壁の巨大モニターを中心とした周囲の壁には、小さなモニターが幾つも備わってズラリと並ぶ。 巨大モニター周りの下には、巨大モニターを向く形にて。 何重にも半円形を形作るテーブルの列が在り。 その大学の講義堂の様な席には、家庭用でも使われる一般的な型のモニターと、PC機器が一席に一組備わっている。 もし、知らずに此処へ来た者が居たならば、 “何の為に、こんな場所が?” と、思うだろう。 この場所は、何処かの軍事施設か、秘密裏に作られた通信基地の様な。 そんな独特の緊張感が漂う。 知らずに来たならば、その雰囲気に異様さを覚えて、緊迫感に縛られてしまうに違いない。 では、その雰囲気を醸し出すものは、巨大モニターや数々の機器なのか。 いやいや、違う。 何重にも半円形を作るテーブルの上には、直に映し出された投影型のキーボードが見える。 そして、そのキーボードを使い、100名を軽く超えるスーツ姿の男女が、何か多種多様なデータを管理したり。 様々な映像を視て、黙々と業務をしている様子が在る。 独特な緊張感を持った雰囲気は、この必要なこと以外を喋らない彼等に在った。 では、彼等は何を観ているのか。 多種多様なデータの内容は、その手の専門的な知識が無いと、理解するのは無理だろう。 処が、あの巨大モニターと中央天井から下がる円形モニターに映るのは、何故かゲームの中を動く皇輝と佳織だ。 更に、時々だが。 周囲の小型モニターに映し出された映像の中には、あの薔薇が咲き乱れる園に佇む、メフィストゥの姿すら在った…。 一体、此処は何なのか。 そして、皇輝やメフィストゥを見張って居る理由は、何なのか。 さて、見る場所を少し変えてみる。 この薄暗い大型ホールの中心には、ホール全体を見渡せる様な高台と成るデッキが在った。 その太さだけで、大男が十人以上は手を繋げそうに大きい柱が天井に伸びて。 その柱の天辺、高さにして三階建ての家の屋根に相当しそうな頂きには、司令塔のような一席が存在する。 そんな円形フロアの中心に設けられた一人席。 特別な権力・権限を持った者のみが就けそうな、そうゆう雰囲気が溢れている。 幅広く立派な高級感の或る黒いチェアーに。 下の広いフロアとは違い、専用の高い位置に在る通路を通らなければ、此処には来れない。 下のフロアで働く者には、寧ろ効率が悪く邪魔なモノにも思える。 さて、その特別な権限を持った、‘司令官’的な者が座れる席には。 オールバックの髪型をした、50歳までどうか、と思しき中年男性が優雅に脚を組んで座って居た。 その風貌には、経済なり、国なりを動かしている様な独特の威厳と云うか、カリスマ性が漂い。 インテリ感が栄える容姿は、量販店の物とは明らかに違う、ブランド感の有る黒いスーツを纏う。 鋭い目、細いフレームの色眼鏡に、高い鼻や静かに結ばれた唇。 そして、狡猾そうな眼差しも込みで、人為的に気品も生み出されていた。 また、少し額が広く見え骨張った顔の感じは、外国人に近い印象も受ける人物でも在った。 その人物は、この高みより巨大モニターの映像や、小型モニターに映るデータを眺めている。 皇輝と佳織の様子をジッと見詰めていた。 デッキを囲う落下防止の手摺りが在るが。 彼の前には、空間に映像を映し出せる特殊なプロジェクターが存在し。 どうやら彼の視点と何等かのセンサーがリンクするらしく。 彼が注視する視界を拡大して映し出す様な、そんな仕様が為されている。 高みのデッキを居場所にするその中年男性は、様々な映像やらデータを眺めた後。 「ふぅ。 やはり、最初のプログラム通りに、〘デビル〙はゲーム内で殺戮を開始したか。 相当にシミュレーションを重ねた上で解放したが・・、この先どうなるやら…」 と、その席に座る中年男性が独り言う。 然し、その何処か人を蔑む様な、せせら笑う雰囲気を醸し出して言うので。 言う程に困っている素振りは、何処にも無い。 その彼へ。 下のフロアの最前線の中央にて、蒼い女性用のスーツスカート姿の女性が。 座る椅子を180度回して向きを変え、デッキを見上げる様に上向くと。 「処で、社長。 ‘ターゲット・コア’が途中で敗北濃厚な場合は、どう致しますか? 最悪の事態や時間のロスを避ける為に、コアの補助を致しますか?」 と、高みに座る男性へ問い掛けた。 その問い掛けた人物とは、艶っぽい声をした大人びた美人だ。 赤いメッシュの入った一部の前髪が左に寄り、長いストレートの黒髪は身体へ下りる。 周りのスタッフとは、明らかに雰囲気が違う美人だが。 耳にするイヤホンとマイクを機能を備えた機器のお陰か、高みに座る謎の中年男性の耳にその声が届いた。 彼女に問われたデッキ上の中年男性は、対面に映し出された女性をスッと脇目に見て。 「いや、このターゲットは、まだゲームの半分すら来ていない。 ラビリンスをプレイする誰か、大勢の中の一人が、条件をクリアしてくれればいいんだ。 その見込みが出るまで、手出しは無用だ」 と、返す。 然し、こう言われた美人だが。 「ハァ…。 ですが、〔SINYE〕と〔NNT〕へのホストサーバーには、まだ侵入が出来て居りません。 もし、ダミーデータが監視に引っかかった場合は、即座に異常が発覚致しますが?」 「フッ。 君は、随分と心配性だな。 だが、見てみなさい。 あの若者は、中々に優秀そうだ。 あんな頭の悪い女性をサポーターにして、一度もミスをしていないぞ」 「はぁ」 生返事をした青いスーツ姿の美人は、首を巡らせてモニターの皇輝を窺った。 その時だ、なぜか一瞬だけ。 フワッと眼差しが変化した様だが…。 一方、高みの司令席に身を置く、‘社長’と呼ばれた中年男性は、少し背を深く凭れ預けて。 「ま、彼が失敗したとしても、すべてがゼロにまで落ちる訳では無い。 犠牲は、作戦には付き物だよ」 と、締め括ろうとする。 すると、タイトな膝上スカートから美しい脚線美を見せる美人は、幾分か怪訝な顔をして。 「然しながら、今の時点・・いえ。 明日の夜までは、犠牲者が出ると不味いかと。 F・Sの存在自体が、危ぶまれますが…」 そんな注意を聞いた中年男だが、椅子をゆっくり左右へと動かしながら。 「所詮、この最先端機器のF・Sですら、我々にして見ると楽園の入り口を開くゲートでしか無い」 「はい」 「良いか、我々が地球外に新しい世界を作り出して。 私を頂点にて、君やスタッフが新たな神に成るんだ。 真の‘電脳世界’は、あと少しでリアリティを帯びる。 あのデビルは、その架け橋だ」 「承知して居ります」 下フロアの女性が、言葉のみ従順な返事を返した処で。 ゲーム内を動く皇輝の様子に細めた目を向けた中年男は、モニターを睨み見ると。 「絶対に許されないのは、我々の向かう“神の器”たる〘宇宙の家〙《そらのいえ》が出来上がるまで、この計画が露見する事だ。 バレない内ならば、犠牲者など幾らでも出していい」 と、彼は言い切る。 では、彼の云う‘犠牲’とは、何か。 皇輝と云うプレイヤーを、《ターゲット・コア》と呼び。 メフィストゥを、《デビル》と言った。 《宇宙の家》とは、何の事か。 この司令席の男性を含めて、この場に居る者達は何をしているのか。 そして、何を成そうとしているのか…。 〔TO THE NEXT CONTINUATION〕
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