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【始動編・ゲームの世界が壊れる刻 第3章】
SCENE Ⅶ
恐怖のギアが変わる時
第二ワールドを切り抜けて、新たなワールドに踏み込んだ皇輝と佳織だった。
今の処、皇輝が言う通りか。 クリアするタイムを出来る限り調整する事で二人は、ノーマルな力量のプレイヤーと云う枠の中に居る。 その為か、皇輝をホストとする〔コミュ〕と呼ばれる協力プレイの枠に、他から加入して来る者はまだ無く。 二人のみにてゲームを進める事が出来てはいた。
この皇輝の行っている調整・調節が、何処までゲームのシステムに合っているかは解らないが。 その意味は、凡その説明を読む限りに、こうだ。
単に早過ぎる、所謂の“スピードクリア”は、プレイヤーランクなる、ホストの“出来る・出来ない”と言ってしまえるステータスを上げてしまい。 その結果は、ゲームに手こずって苦戦中となる他のプレイヤーを呼び寄せる事に繋がる。
一方で、遅過ぎるクリアは、やはりゲームの難易度を下げる意味でだろうが。 快調にゲームを進める他のプレイヤーとの共同プレイを、やはり促される。
詰まり、ゲームの進め具合が良過ぎても、悪過ぎても、他のプレイヤーとの協力プレイを招く事に成り。 次に誰か一人でも加われば、これからプレイする全てのステージの広大化を招くのだ。
また、厄介なことに。 メフィストゥに遭遇して、皇輝のゲームプレイスタイル設定を弄られて固定化されたらしく。 此方の操作で、‘on-line’と云う協力モードを切れない以上。 与えられたゲーム規格の中で、なるべく負担を少なく、被害も出さない仕様を考えるしか無いと云う訳だ。
これまで、2つのワールド。 計10のステージを切り抜けて来た訳だが。 ゲームに不慣れ、と云う訳では無いが。 利口にプレイする傾向では無い佳織と一緒にしては、良く安定した時間内でゲームをクリアしていると云えた。
さて、第三のワールドは、〔ライフセンター〕と云うカテゴリーで在る。
皇輝も、佳織も、そのワールドを示す意味が解らない世界と思った。
「ねぇ、皇輝さん。 ‘ライフセンター’って・・、何?」
敷地の外を流れる風景は、平面にして綺麗な映像のCGらしいのだが…。 問題は、空だ。 何とも不気味に曇っている。
「意味は、良く解りません。 が、目の前に見えているのが、恐らく学校ならば…。 読んでの通りに、生活に関係した利用施設なのでは?」
その素直にして冷静な皇輝へ。 佳織は身体を全身で向いて。
「処で、皇輝さん」
「はい?」
「何で、そんなに冷静で居られる訳よぉ?。 あんなデっカい学校を前にしてさ」
非難に近い眼差しで、ジロっと見られた皇輝だが。
「そう言われましても・・ね。 複雑に成って、時間も増えてますし。 覚悟を決める以外に、何も手なんて在りませんよ」
と、思ったままに言った。
すると、更に目を細める佳織が、
「ホラっ、まぁ~た、そうゆう発言をする」
と、突っ込んで言うではないか。
流石に、皇輝も言われる意味が解らないと。
「はぁ?」
と、聞き返した。
正直、メフィストゥの次に意味不明と感じた皇輝。
だが、半目のままの佳織は、
「皇輝さん。 もっとさ、気楽に行こうよ。 2つのワールドを攻略して、ある程度の仕掛けが解った感じするでしょう?」
そう言われても、用心深くメニューを開いた皇輝。
「そうですかね…。 ま、クリア条件は、まだ‘制限時間’と‘パスワードの入力’と在りますから。 第一のワールドと、基本は変わらないかと思いますが…」
この返しに気を良くした佳織。
「ほ~ら、もっと気楽に行こうよっ!」
と皇輝の腕に手を掛けて、並んで学校に入った。
さて、このステージ1の学校は、5階建ての校舎。 広い校庭と立派な体育館。 更には、テニス・サッカー・野球等スポーツをする為のグランドに合わせ。 調理実習や実験室などの専門教室と。 視聴覚室やら広聴室と云う、多目的用途に使う部屋が在る別棟も含み。 広い敷地を動く必要が有った。
だから、手分けした方が早いと思った皇輝で。
「佳織さん。 仕様が解って居るならば、手分けして動き。 校舎以外の外堀から埋めて行きましょう」
と、提案する。
「はいはい、リョ~カイ。 お互いに、プレイの制限時間が近くて延長も出来ないから、さっさと回りましょ~」
何となく引っ掛かる言い方を残して、佳織は走って行く。
だが、佳織の言わんとすることは、確かなことだ。 F・Sの連続プレイ時間は、最長で設定しても5時間。 今、現実の時間が、日付の変わる前の23時50分前だから。 もう1時間もすれば、否応無しに休憩へ移行する。
詰まり、残り1時間もすれば、メフィストゥの言うことの真偽が解る訳だ。
だが、二人が別れて5分もせず。
〈皇輝さん。 この校庭って、完全に小学校よね〉
と、佳織からチャットが入る。
〈まぁ、シーソーやブランコに、ジャンボ滑り台も在りますし。 鉄棒から雲梯に、タイヤを半分地面に埋めた、遊び場も在りますからね〉
この時、プール脇を歩いて、遊具のアレコレを見て回る佳織は。 フェンス越しに、プールが片側に見えていてか。
〈でも、皇輝さん。 プールが、丸いのと競技用の25メートルが在るって、私立でもお金持ち系列じゃない?〉
‘お金持ち’と云われても、皇輝の小学校は競泳用の四角いモノしか無かったので。
〈・・そうですか?〉
何の気なしに返しつつ、学校の側面に広がるテニスコートを回ろうとした皇輝。
だが、佳織から更なる勘繰りが来た。
〈あら、皇輝さんってば、お金の私立? アタシの田舎は、年季の入った古い学校で。 夏休みの水遊びは、川よ。 川〉
不意に、‘川’と聞いて。 男の子より速く泳いでいたかも知れない佳織の姿を想像した皇輝は、思わず失笑を覚えた。
「フッ」
佳織の話に身構えて居た訳じゃ無いから、短く微かな息が出る。
処が、こうゆう事に掛けて女性は、何故だか地獄耳で在る。
〈あ、あ゛っ! 今っ、皇輝さん笑ったなっ?!!〉
気付かれたと、ちょっと驚いた皇輝だが。
〈いえいえ、長閑だな・・と〉
其処へ佳織は、更に鋭く。
〈むっ、誤魔化したっ!〉
と、追撃の一言を。
困った皇輝は、何とか話題を少しずつ逸らしながら適当にやり過す。
そして、二人して意見交換しながら、手分けすること15分。 次々に、一文字だけのカードが発見して行く。 ただ佳織が気にするのは、どんよりした曇が広がる空で。 明るさは、その曇りに関係なく良好なのだ。
三枚のカードを発見した佳織は、チャットを繋ぎ。
〈ねぇ、見つかったカードが、〔う〕〔ん〕〔こ〕なんだけど…〉
そのチャットに、また失笑を禁じ得ない皇輝は、激しく咳で誤魔化した後。
〈ごほっ、ごほ…。 し、失礼しました。 此方は、もう7枚ぐらい在りますよ〉
〈え゛っ、そんなに?〉
〈二人合わせて、10枚ですが。 恐らく・・、幾つかの学校行事の名称でも表しているのでは?〉
〈あ~っ、‘運動会’とか〉
〈はい。 ですが、一つでは無いと思いますよ。 複数、混ざってますね〉
〈よし、解ったわ。 プールと掃除用具置き場と、駐車場を見て回る〉
〈了解。 此方は、校舎周りの中庭を探してから、別棟に入ります〉
〈リョ~カイ〉
その声からして、ゲームを楽しんでる素振りも在る元気な佳織。 彼女は、恐らくメフィストゥの事などを全く信じて無いのかも知れないが。
一人、剪定された木々が植わる中庭を具に歩き回る皇輝は、内心に。
(もう少しで、真偽が解る。 実の処で、メフィストゥの云う事は嘘か、本当か、どっちだ?)
先ず、目の前に迫るその時までに、楽観視も出来る様にゲームを進めておきたいのが本音。 他人から見ると、佳織がどうこうと云う言い訳もするかも知れないが。 そんな事など、皇輝は頭に無かった。
さて、皇輝が別棟に入ると。 一階に、音楽室、調理実習室、視聴覚室と在り。 二階に向かえば、理科室と実験室が数室。 それから、資料室が在る。
(調理実習・・、何をしたっけな)
親との険悪な思い出が多く、その記憶から逃げるのが嫌で、その他の記憶まで思い出せない。
二階から三階へ上がると、映画館のような広い上映室。 他、通信教育室等々の部屋が在る。 三階までの部屋を回って、また2枚のカードを入手。
その時、最上階の屋上へ出た皇輝は、演出なのか、どんより曇り空を見上げて。
(あれ、そういえば…。 デモの情報だと、天候の悪そうな処には、敵キャラが出るとか・・・言ってなかったっけか。 でも、此処まで来る途中に、そんなキャラは居なかったけど)
別棟を見て回った皇輝が、学校の裏口から校舎に入り込んで。 正面玄関に向かえば、下駄箱代わりと成るロッカーが並ぶ。
この場に来れば…。
(踏み切りと・・、ノートパソコンね)
受付の窓口に、ノートパソコンが置かれ。 掃除用具でも有りそうな階段下の暗がりを塞ぐ様に、遮断機のバーが在った。
下駄箱の中を確認している其処へ。
「うわっ、早い」
遅れてやって来た佳織が、皇輝を見付けて驚いた。
だが、皇輝は、
「別棟で、更に2枚目を見つけましたよ」
と、9枚のカードを示した。
すると、佳織も近付きながら、
「私も、そこで1枚を見付けて、7枚」
と、カードを差し出す。
それを併せて、パソコンの置かれた長い受付前に並べると。
{う・ん・○・う・か・い}
{ぶ・ん・○・さ・い}
{し・○・う・が・○・り・ょ・こ・う}
こんな風な感じになる。
皇輝の並べる様を見ていた佳織が。
「最初は、やっぱり‘運動会’ね。 でも、最初の3枚で、アレはないワ~」
頭を抱えて、こう呟く。 自分でも、先に見つけた3枚の並びが悪いと思うのだろう。
が、佳織のこの行動が、思い出した皇輝をまた笑いに誘った。
考えるフリをして、失笑を堪える皇輝。
それを知らない佳織は、並べられたカードを見て。
「え~っと・・次は、きっと‘文化祭’ね」
それには、皇輝も素直に頷いて。
「恐らくは…」
「ほむ。 そうなると、ラストは・・‘正月旅行’?」
今のは、佳織の勘違いでズレたのか。 それとも、既に今は12月だから、正月旅行を計画しているのか。 それは解らないが、明らかな間違いに皇輝が黙る。
その沈黙に気付いた佳織が、ちょっとだけ横を向いて。
「皇輝さん。 アタシに言いたい事が在るなら…、即座に言いなさいよ」
言うと共に振り返り、不満全開と解るジト眼を向け。
また、必死に笑いさえ堪える皇輝は、
「い・いえ。 あの・・学校行事からしますと。 最後は、‘修学旅行’・・かと」
と、訂正しつつ。 彼女の視線を躱す様に、横を向いた。
その訂正を受けた佳織は、力む操作からメニューを出し。 まだ踏破率が68%で、制限時間も40分以上は余るので。
「なら、完璧にしようじゃないのよ。 後4枚、探しましょ」
既に答えの予想は出来て居る。 先に入力して、確認すればいいだろうに…。
だが、相手は巻き込まれた協力者。 その微かに‘強情さ’すら窺える様子に、
(残り20分までは、それも構わないか)
と、さっさと折れた皇輝だった。
また、ゲームの中には、どうやらエネミーキャラなる敵キャラが居るとか、前情報に有った。 この早いクリアで、それを見逃した時の悪影響が解らない。 余裕が有るならば、他を探し回っても良いだろうと思えた。
さて、学校の校舎を下から見て回る二人。 気負う佳織のお陰様か、手分けすれば三階まですんなり探し回れた二人。
だが…。
校舎を正面より向かって右端の三階廊下まで、何事も無く上がった二人だが。 左側の廊下を見た時。
「あら?」
と、佳織は目を凝らした。
何と、向かう廊下の先、左奥には。 天井まで届きそうな背丈をした、筋肉質のプロレスラーみたいな大男が居る。
「ナニ、あれ。 デ、デカい…」
驚く佳織は、恐る恐るの動きながら近付こうとする。
処が、天井に頭が届きそうな、身長が約4メートル近い巨漢が。 此方に向かって一歩・・一歩と、足音を立てて歩き始めたではないか。
それを見た皇輝は、慌てて佳織の背後から手を回して捕まえると。
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!」
と、佳織を捕まえながら、階段の陰に勢い良く引きずり込んだ。
この時、完全な無作為だが、皇輝の左手がむんずと佳織の胸を鷲掴みにしていて。
「あ゛っ」
その手の位置に、見開いた目が釘付けと成る佳織。
だが、巨漢の視界から外れる様に、皇輝は物陰に入ると。 佳織を後ろにしてまた廊下を覗き、後の経過を窺う。
だが、助けられたと解らないのか。 俯く佳織は、ワナワナと全身を震わせていた。
一方、巨人の登場に慌てて、胸を掴んだ事を知る由もない皇輝は。 辺りを探る様に、その場で立ち止まった筋肉質の巨漢を隠れ見て。
「あれが、このワールドから出る敵キャラ、〔エネミー〕の一つですね。 視界に入る者を攻撃して、攻撃が当たると制限時間を若干だけ奪われる。 佳織さん、既に答えは解ってますから、無理せずにクリアしましょう」
と、佳織に振り返った。
すると、いきなり胸倉をガシッと掴まれた皇輝。
「うわっ」
何事かと、驚いた皇輝だが。
何故か、そのままの勢いで、廊下にまで一気にまた押し戻され。 教室の入り口のドアに、‘ドン’と強く背中を押し付ける事に成る。
(な゛っ、何がぁ?!!)
理解不能の事態に、目を丸くして佳織を見る皇輝だが。
ギラギラとした目をひん剥いた佳織が、
「コぉぉぉぉラァァァァァァァっ、テメェ!!!!!! どさくさに紛れてっ、胸を揉むんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい゛っ!!!!!!!!!!!!」
と、怒鳴り散らされた。
皇輝は、自分が何をしたのかを悟り。
「すっ、スイマ・・セン」
謝りながら、自身の右側を指差した。 エネミーキャラが此方に気付いて、また動き始めて居る。
然し、怒りまくる佳織は、
「アタシのカラダを触りたいならっ、口説いて了承を取らんかいっ!」
と、更に怒鳴りつけて来る。
だが、二人して廊下に姿を晒すのだ。 此方を確認した巨漢がその足を動かして、また向かって来た。
皇輝は、その動きに気付いて貰えるならば、殴られても構わないと。
「かっ、か・佳織さんっ」
と、自身の右を見て言うが。
キレた佳織は、皇輝を睨み付けつつ。
「何じゃいっ!」
と、完全な喧嘩腰。
一歩、一歩と、此方へ近付いて来る巨漢を見ながら、皇輝もいよいよ切羽詰まって。
「もう怒るのは構いませんっ! 殴って下さって結構ですからっ、下で怒って下さいぃっ!!!! 今はっ、左側を見てぇっ!」
と、大声を上げて懇願した。
その必死の声は、何とか佳織の耳に入った様で…。
「あぁん? 左側ぁ~?」
怒れる顔のままに左側の廊下を見た佳織は、結構な近い場所まで来ていた巨漢を見る。
「え・・・キャーッ! デカブツーーーっ!!!!!!」
驚くことで胸倉より手を離すと、皇輝を置いて階段の方に突っ走って行く。
逃げ出した佳織を見た皇輝は、何とか助かったと感じ。 痛みに近い痺れのする肩をさすりつつ、彼女の後を追う。
(ゲームの中なのに、スゴい力だ…)
感想として、強烈な印象が残った。
さて、一階の遮断機前まで戻った佳織に、皇輝が謝りつつパスワードを入力する。
だが、入力を終えて警報機が鳴り、徐々に上がる遮断機を見た佳織は。
「それは、もういいわ。 勘違いって解ったし。 思いっ切り怒って、スッキリしたから」
と、言ってから。
「しっかし、オッドロイタ~。 アノお邪魔キャラ、ちょっとデカ過ぎるよぉ~」
エネミーに驚くも、
“胸を掴まれた遺恨は、もう無い”
と言う様子を見せる。
だが、二人して次のステージに向かうのだが…。
何故か、完全に佳織から一歩を引いた形を取る皇輝が居る。
その、一気に余所余所しく成る皇輝に、佳織がまた目を鋭く向けて。
「コラ。 タダで胸を触って於いて、急に他人行儀に成らないでよ。 何なら、思いっ切り抱き付いあげましょうか?」
佳織の怒りを孕む声を聞けば、先ほど教室のドアに押し付けられた感覚を思い出す皇輝。 痺れが微かに残る肩をさすりながら。
「いえ・・あ、結構です」
と、また自然と間を空ける。
「だっ・かっ・らっ! 何でっ、距離がどんどん離れンのよぉっ!」
「いえ…」
否定する皇輝だが、また少し間を空ける。
「ちょっとっ!」
「いえ…」
こんな遣り取りをしながら、暗いトンネルを行き。 次のステージへと、光る出口から外へ出れば…。
新しいステージが、目の前に現れた。
皇輝に苛立った佳織だが、次のステージを見て。
「あ・・あのさ。 何でもかんでも、デカけりゃいい訳ぇ? これ・・、多分は家でしょ?」
呆れた口調で、常識を問うような事を言う。
二人の目の前には、広大な庭、三階建てのデカい屋敷、車の修理工場の様なガレージ、ちょっとしたゴルフの打ちっ放しが出来る別庭と。 目に見えている部分だけ見ても、また広い敷地がステージと解る。
さて、邪魔をする巨漢が視界に見えないので。
「今度のエネミーは、小さいのかな…」
と、皇輝は呟いた。
とにかく、二人手分けして探し回ると。
別れてから数分後。 チャットにて佳織から。
〈チョットぉっ! 今度のエネミーはっ、イヌよっ! イヌぅっ!!!〉
と、悲鳴に近い声で話し掛けられる。
一方、家の中に入って居た皇輝が。 その声からして、完全に追われていると理解した。
〈佳織さん、高い所に登って、エネミーの視界から外れるか。 蹴っ飛ばすなどの攻撃をすると、20秒間は目を回すそうです〉
メニューで読んだ情報を正確に伝える。
すると、チャットの向こうから。
- キャン! -
イヌの悲鳴がする。
机の引き出しを開ける皇輝は、何が起こったのか。 その様子が容易に想像することが出来て。
〈流石に、ご立派です〉
と、佳織を褒め称えた。
攻撃には順応性が高い人物と、佳織の得意分野を認識した。
その直後、クローゼットから飛び出して来た犬から逃げ出した皇輝。 そのまま、玄関を出てやり過ごすと。 家に戻ってドアを閉めた。
このステージ2では、家電製品やら家庭用品の名称がパスワードらしく。 カードを探し回る傍ら、バットやらゴルフクラブも武器に使えた。
家の中を探し回った皇輝は、こっそりとガレージへ移動。
犬を相手にしても、即座に蹴っ飛ばして蹴散らすや。 堂々と打ちっ放しの方へ行く佳織は、探した物置部屋に犬を閉じ込める力業もする。
〈飼い主は何処よっ! 文句を言いたいわっ〉
先ほどの学校では、エネミーは巨漢の一人だけだったが。 今回は、ドーベルマンが5匹も居た。 だが、その犬を相手にして、一度もミスらなかった佳織で。 大したモノと皇輝はチャットで褒めるも。
〈ね、皇輝さん。 貴方さ、私に犬を嗾けては・・無いわよね?〉
実際、家の中から犬を外へ2匹も出した皇輝だが。
〈いえ。 室内だと難易度が上がってしまうから、全部のエネミーは、外なのでは? まだ、第三ワールドですよ?〉
〈ん〜〜〜、なんだか釈然としないわねぇ〉
流石に、こうした処は鋭い佳織。 話の路線を変えたい皇輝で。
〈あの、此方は・・15枚ほど、カタカナと平仮名の書かれた紙を見付けてますが。 裏庭にゲートが在るの仰いましたよね? 合流しますか?〉
〈え? そんなに? アタシ、まだ11よ〉
数を知った皇輝は、
〈まだ、庭は見回り切れてませんよね?〉
〈離れと、ガレージとの在る向こう側が、まだ〉
〈今、屋敷の中からガレージに出ました。 ガレージから探します〉
〈了解。 このステージも、余裕を保てそうね〉
〈ですね〉
チャットを終えた皇輝は、無意識に額を手で摩った。 此処はゲーム内だ、汗など掻かない筈なのに…。
まぁ、そうした体感で現れる身体の変化もリアルに再現する機能も在る。 使う気には、成らないが……。
そして、
{プラズマテレビ}
{ゴルフバック}
{カラオケマシン}
{すいはんき}
{めざましとけい}
全てのパスワードを入力して、残り時間を20分以上も残してクリアした二人。
さて、ゲームの進行状況は、とても良いペースと感じられたが。 遂に、このステージ2をクリアした所で、最初の休憩を余儀なくされる。
イヌを10回は蹴って撃退した佳織たが。
「ドーブツ愛護団体から、絶対にクレーム来るわよ。 この敵キャラ」
と、中断セーブをする。
二人が居るのは、暗いトンネルの中の様な場所で。 ロード画面に当たるのだろう。
同じく、中断セーブをする皇輝は、メフィストゥから貰ったゲーム内のメールを開き。 其処に書かれた注意を、佳織と一緒に再確認する。
“1.外部との連絡はタブー”
“2.一定時間内にゲームへ戻らない場合は、肉体の死が進行する”
ペナルティとなる事を聞いた佳織は、どんどんと緊張感を顔に満たしつつ。
「最初の注意は、前にも聞いたわよ」
不満を言った後、続けて。
「でも、勝負が着くまで逃げれないって事ね」
とも。
“その通り”
と頷いた皇輝は、
「では、一旦切ります」
メニュー画面の“WAKE UP”を押そうとする。
だが、その手を掴む佳織が。
「待ってっ」
と、皇輝を止める。
「は?」
佳織を見返した皇輝は、目で問い返すと。
「皇輝さん、私が先に戻る」
佳織が言いながら、自身のメニュー画面の“WAKE UP”に触れ。
「先に、行きま~す」
我先にと、焦る様に佳織が消えた。
その姿を見た皇輝は、
(佳織さんも、実は・・怯えてたのか…)
そう感じた皇輝は、自身も覚悟をしたつもりで現実に戻った…。
さて、ゲームの発売日から日付が変わった、深夜0時47分。
(ん・・んん…)
シートの上で目を覚ました皇輝は、催眠状態から覚めて。 F・Sの傍らに身を起こして座った。
少しぼんやりした雰囲気だが、若いだけ在って直ぐに感覚と意識は戻る。
すると…。
(あ、何だ? 顔が・・チクチクする)
今までに味わった事の無い違和感に、不安感を膨らませた皇輝。 F・Sから立ち上がり、トイレへと…。
不思議なのは歩く時に、ゲームから現実へ戻った時にこれまで感じた事の無い脱力感や、貧血に似た微かな目眩を覚えた事で…。
人の存在を感じて、自動で点く明かりの下。 洗面所の前に立つ皇輝は、洗面台前の鏡を見るなり。
「あっ」
と、思わず声を出した。
(メフ・め・めふィストゥの言った事は・・ほんと・う・・だ、た……)
これまで、金を強請る者や醒めた態度が生意気と殴られて痣は作っても。 何の前触れも無くして自然と痣が出来る事などは、一度として無かったのに。 鏡に映る自分の顔に、斑尾の様な痣が浮かんでいた。
少しでも冷静に成ろうと、顔を洗い出した皇輝だが。
(ん? あれ?)
使うフェイスソープの匂いが、顔を洗う間に全くしないのだ。
(まさか、これもっ?)
慌てたままに、洗顔も中途半端に終えて。 タオルで泡ごと拭いてから、その足でキッチンへ。 常に、直ぐに作れるコーヒーメーカーで、エスプレッソを作らせる。
然し、これが普段ならば。 お湯が出来て、コーヒーの濃縮した液体と混ざる時に。 カップに注ぎ始める前からコーヒーの匂いを嗅ぐ自分なのに。 マグカップに全て注ぎ終えても、湯気の発つコーヒーの匂いが、全く感じられず。
仕方無いと、カップを手にして鼻に近付けても…。
「くっ、匂いが・・」
と、力が抜ける。
嗅覚が、全く利いて無かった。
そして、其処でまた、
(あ゛っ、まさかっ)
何かに気付いた皇輝は、普段に無い急ぎ様で砂糖や塩や醤油を舐めるも。
「味も、か…」
流しにて水で口を漱ぐ皇輝は、流しに唾を吐いて。
(やっぱりかっ! こうなると十年前のイベントで起こった事故は、恐らくはメフィストゥの引き起こしたイレギュラーだ…。 F・Sを創った人は、どうしてこんな恐ろしいプログラムを作った? その理由はっ? 一体、何が起こったんだ?)
メフィストゥについての全てが現実と感じ、愕然とすらした皇輝。 衣服の面前が濡れた事など、全く気に成って無かった。
こうなると、ペナルティの死が現実味を帯びる。 足取り重く、目まぐるしく考えるままF・Sへ無気力と成って戻る。
(これが、メフィストゥの云う‘死’への手始めか?)
衝撃を受けながらF・Sの元に戻った皇輝は、F・Sのon-line通信で、ヴォイスメールの着信を教えるランプを見掛けた。
「………」
頭で考える事に気が行ってほぼ無意識に近い、反応の様にタッチパネルへ指を伸ばした・・だけだったが。
- ヴォイスメールヲ、ジュシンイタシマシタ。 イッケン、ピー -
「たっ、たか、皇輝さん。 私・・佳織よ。 嘘じゃ無かった・・、嘘じゃ無かったっ! ゆ・指が・・どうしてか、ふ、ふだ、普段通りに・・動かないの。 左手の小指がうごか・・い、の。 もどっ! ゲームに戻るっ!」
酷く狼狽した佳織の声は、ゲームの中より枯れた声だった。 ガタガタと異音まで入り、佳織の慌て様がメールでも解った。
然し、F・Sに付いている時計は、まだ1時に成ったばかり。 一度、ゲームより目覚めると、休憩は否応無しに15分から20分は取らされる。 健康上の理由から、そう設定されている。 ONLINEで繋いでいる以上、設定を弄るのは面倒な事で。 下手に早めて、何等かのペナルティを喰らうのは怖い。
F・Sに座ったままの皇輝は、ぼんやりと虚空を見詰めるが。 その胸の内は、激しい動揺に見舞われていて。
(まだ、最初の休憩となる段階で・・既に、こっ、これかっ! だったら次の休憩には、一体・ど、どうなって…)
頭を抱える皇輝の耳に、またヴォイスメールの着信を知らせる音声が。
- ヴォイスメールヲ、ジュシンイタシマシタ イッケン ピー -
「青年よ。 どうだ? 死を、実感したか?」
それは、あのメフィストゥの声で在る。
ガバッと、ヴォイスメールの声が出る部分に身体ごと向いた皇輝。
「メフィストゥ…」
突然の事に、驚いた皇輝だが。 メフィストゥより来たメールには、まだ続きが有り。
「さて、まだ明確にして居ない部分を、この際だからハッキリさせて於く。 勝負の期限は、明後日の金曜日、朝の6時だ」
電波式の目覚ましを見た皇輝は、まだ2日以上の時間が在ると認識。
(2日も有る。 それならば、俺と佳織さんだけで広大化を防げれば、十分に可能性は…)
と、こう思うのだが。
メフィストゥからのヴォイスメールは、まだ続いていて。
「青年よ。 恐らく、2日の余裕が有る様に思えるだろうな。 だが、これからは、もっと時間との戦いに成るぞ」
「・・え?」
“時間との戦い”
とは、妙に意味深な感じがして。 それは一体、何事かと。
「メフィストゥっ、何をっ?」
この、メールに反応した形で一方的に語る言葉に、まるで合わせる様に言った皇輝。
処が、それに合わせまた会話する様に、ヴォイスメールが続き。
「私は、F・Sで遊ぶプレイヤー全てを憎む、と確かに言ったぞ。 青年よ、これからプレイヤーとして、ゲームの中の君のステータスに、私は或る細工をする。 君には、これからもっと苦労をして貰う」
メフィストゥの話を聴く皇輝は、
(ステータスを弄る? プレイヤー全てを憎む?)
直ぐには、その言葉の意味が解らない。
だが、直ぐに閃いて。
(あ゛、まさか…。 何等かの手っ取り早い方法を取る気かっ?)
皇輝が、それを想像すると同時に。
「だが、安心したまえ。 説得には、私も幾度か協力しよう。 君の罪は、他のプレイヤーと同じく、F・Sを使用している事なだけだ」
と、メフィストゥの声が続いた。
メフィストゥの声を聴く皇輝は、また長時間プレイに成ると思い。 先程は、驚きで止めたトイレに向かった。
着信のシグナルを点灯させるスマホを手にして、トイレに入った。 ディスプレイ画面を見ると、獅籐からのメールが何通も目に入る。
だが、そのメールに返信するのも、外部との接触に成ると思い。 返信を出来ずに、見詰めるのみの皇輝。
(悪い、シトさん。 俺・・金曜日の勤務は無理かも…)
外部との連絡を取れない皇輝は、思うだけで終いにした。
向かうは、ゲームをクリアするしかない・・と、強い覚悟を秘めてF・Sへ…。
深夜1時15分。
ゲームの中に入った皇輝は、システムに導かれるまま、また薔薇が咲き乱れる夜の園へ来た。
「此処は…」
辺りを見回せば、メフィストゥと最初に遭遇した場所で在る。
其処へ、
「わっ、何よっ、此処っ!」
と、佳織の声がする。
だが、それと同時に。 皇輝の心臓がショックを受ける様な、ゾクッとする畏怖が背中を駆け抜けた。
「メフィストゥ?」
佳織の声がした方とは真逆の方に、メフィストゥも現れていた。
相変わらず感情の見えない、まるで造り物の様な顔をして。
「君達の肉体に起こる、死への予兆。 感じ取って貰えたか?」
目を細めて言って来た。
だが、その顔をギリギリと睨んで見返す皇輝は、
「メフィストゥ。 プログラムで存在するだけのアンタは、よくよく考えると本質的に‘サイバーライバー’ですら無い筈。 システムの一部か、何等かの意図で生み出された、ソフトの一つなんだろう? 何で、こんな暴走をするんだっ?!!」
鋭く切り込む様にして、メフィストゥに質問する皇輝。
だが、内面から笑って無い、笑みの素振りだけするメフィストゥは。
「青年よ。 今は、そんな悠長な話をしている場合か? 現実の世界に、そっちに送った声で私は、‘更に難易度を上げた’、と示した筈だが?」
その話に、強烈な違和感を覚えた皇輝。
(‘難易度’を上げた? 勝手にでき・・、いや。 ステータスを弄ったって言ったっ)
と、現実に来たヴォイスメールを思い出した。
メフィストゥに怯えている佳織の前で、彼は慌ててメニューウィンドウを開くと。 ステータスの項目を出して見る
すると…。
「あ゛っ! そ・そんな・・バカな…」
異変に気付いて声を出す。
メフィストゥに怯えていた佳織だが、皇輝の雰囲気にまた驚いて。 彼の後ろに近付いてから、恐る恐るステータスを覗くと。
「え、え゛っ? 嘘ぉぉぉっ! 何時の間にか〔Playstyle設定〕が、‘friendly commu mode’に成ってるっ?」
と、変化を口にした。
勝手に変化していたのは、ステータス項目の一つで。 ゲーム内に於いて、基本的な自分のプレイスタイルを決める事が出来る部分だ。
例えば設定の一つに、〔MODE〕と云うものが在る。 このMODEを、仮に。
〔single play mode〕《シングルプレイモード》
と設定するならば、ゲームのみ他者との‘on-line’設定が切れてしまい。 ゲームでどれだけ失敗しても、この設定を変えなければ誰とも繋がらない。
実際、メフィストゥと遭う前の皇輝が、ゲーム全般の初期設定としておいたのは、このスタイルだ。 基本的に皇輝は、このスタイルで色々とゲームをする。
然し、最初にメフィストゥに遭った後。 突然、佳織と逢った。 2度目のメフィストゥとの会話を経た後、慌ててステータスをチェックしてみると。
〔on-line play mode〕《オンラインプレイモード》
と云うスタイルに、自動設定されていた。
このスタイルは、ゲームの進行具合に合わせて、同じワールドの他者と協力し合う様になる設定で在る。
その為に、皇輝が佳織と一緒に時間を調整して、クリアを見計らっていた訳だ。
だが、この二人が驚いている。
〔friendly commu mode〕《フレンドリーコミュモード》
と云うスタイルに設定すると、どうなるのか。
それは、皇輝のゲーム進行具合に因っては、だ。 佳織の様に、他のプレイヤーが‘サポーター’として、皇輝のグループにどんどん組み込まれて来るのだ。
例えば、
“このゲーム内に於いて、方向感覚が鈍く進行が遅い・・”
とか。
“クリア条件に含まれるパスワードが、一向に解らない”
など。 他のプレイヤーがゲームを進行してみて、
“自分の手に負えない”
と、自覚したとする。
すると、その自覚したプレイヤーは、他のプレイヤーに‘help’のシグナルを出す事が出来るが。 この‘help’シグナルを出すと。 出したプレイヤーと同じワールドに居る者で。 然も、協力設定を‘on-line play mode’か、‘friendly commu mode’のモードに設定する他のユーザーと。 同じステージで、協力プレイが可能と成る。
‘on-line~’の場合は、同じステージか。 それ以前のステージからやり直す形で、他者との協力モードに入るのだが。
一方で、‘friendly commu mode’に設定すると。 ‘help’を出した他のプレイヤーが、システム上の意思確認に了承すれば。 同じワールド内の‘friendly’設定したプレイヤーに、途中からでも直ぐ合流が出来る。
詰まり、‘help’のシグナルを出す者が多いワールドに居れば。 佳織の様な者が桁違いの勢いで、皇輝の元に組み込まれて来る可能性が在る。
設定を変更された事に慌てる佳織は、自身のステータスを開き。 ワールド情報から、‘help’を表明したユーザーや。 また、現在に於いて、組み込んで貰えそうな‘コミュ’《グループと同じ》を探している、プレイヤーの存在を確認する。
「皇輝さんっ、不味いわっ! 第二ワールドと第五ワールドに。 とんでもなく‘help’を出してる人が居るっ。 組み込まれたいコミュ設定が曖昧なら、私達のグループにどんどん入って来ちゃう…」
佳織の心配を聞いて、今はメフィストゥと話す余裕が全く無いと悟った皇輝。 グッと奥歯を噛んで、歯軋りに近い顔をして睨み付けた。
が、成すべき事は、最初から解っている。
「佳織さんっ、ゲームに戻ります」
「解ったぁっ」
二人して、
〔セーブした場所から再開〕
との項目を選択して、メフィストゥの前から消えて行く。
そんな二人を見て、ほくそ笑む素振りだけしたメフィストゥの顔。
消える間際に見た皇輝は、それが忘れられ無いと感じた。
(くっ、誰だ。 メフィストゥを解放したのは、誰だ!)
さて、ゲームの世界に戻った二人は、第三ワールドのステージ3に来た。
先に、皇輝が歩き始めて、
「此処は?」
と、辺りを見回すと。
佳織も、広い敷地を見回して。
「公園・・と、何か建物が…」
皇輝がメニューを開いて、ステージ情報を確認すれば。
“公園とコミュニティーセンター”
と云う、ステージの名称が目に入る。
新たに始まったステージを前にして、二人の焦りや緊張感も格段に上がる。 自分の命、協力者の命、そして第三者の命と。 現実味を帯びた身体の変異が、様々な心配と恐怖を呼んだ。
“とにかく早くゲームをクリアして行く以外に、他者の加入を食い止める方法は無い”
二人の意見は共通する。 このモードにされては、ランクを上げないクリアの仕方が何処まで有効か解らない。 何よりも、“help”を出す者が多く居るワールドやエリアに居る事は許されない。 此方の懸念が、目下の危機に思えた。
「佳織さん。 俺は、施設の方から回ります」
「解った。 アタシ、駐車場とか、駐輪場から左回りで公園を回るね」
二人して頷き合い、迅速に動く事に成る。 佳織も、休憩前の緩みは、もう何処にも無かった。
外側の駐輪場に向かった佳織は、早くも脱出ゲートとなる踏み切りを見付けた。 チャット機能を使い、
〈皇輝さん。 コミュニティーセンターの真裏に、駐車場が在って。 其処に、脱出ゲートが在ったわ〉
と、言う。
〈了解。 此方は、また絵の描かれた紙が有りました〉
〈‘絵’? また、童話の内容みたいな?〉
〈さぁ、どうでしょうか…〉
〈なんか、曖昧な表現ね〉
〈それが・・、風がですね。 洞窟に吹き込んでいる絵なんです〉
考える佳織は、即座に。
〈一枚じゃ意味が解らないわ。 集めるだけ集めて、また踏み切りで集合しましょ〉
皇輝も、それが楽と。
〈解りました〉
箱形のコミュニティーセンター内を回る皇輝は、講堂を回ってまた一枚の紙を発見。 その後、トイレ、会議室、資料室、公聴室、円形小フロアと回って、二階の休憩室で更に一枚を見付ける。
三枚の絵が描かれた紙を手に入れ、皇輝は建物内全てを見回った。
外を回る佳織も、駐車場、駐輪場、運動広場、公園と見回り。 皇輝同様に、三枚の絵を発見した。
二人、ゲート前に集まり、紙を地面に並べて見る。 このステージのパスワードとは、絵から連想される四字熟語の入力だった。
然し、‘課長’と‘風穴’で、‘花鳥風月’と云う下らないモジりも在り。 休憩に入る前ならば、佳織が不満げな顔をして悪態でも吐いて居そうな、そんな感じだったが…。
今の精神状態では、返って下らなさがバカにされている様で、違う苛立ちに変わる。 ムスッとした佳織だから無駄話も無いまま、黙った二人は次のステージへ。
暗いトンネルの先へ抜けると、次のステージはオープニングの時の様な、暗雲の垂れ込めた空の下。 白い外壁が返って無気味な施設を前にする。
「ん"〜、・・ホラーね」
ボソッと言った佳織の声には、一抹の怖れが滲んでいた。
皇輝は、メニュー画面を宙に出す。
『病院‐grade1‐』
と、ステージの名前が在った。
「場所が病院ならば、幽霊も出そうですね」
皇輝の覚めた意見に、佳織は嫌がる非難の視線を向けてくる。
「止めてよぉ、そんな非科学的な生き物っ」
どうやらお化けや幽霊は、好きでは無いらしい。
さて、正面より見るだけで、大都市でもそうは見ないデカい病院と二人も解る。 遊歩道の有る土地と、ヨガ教室とスポーツジムでも併用した雰囲気のリハビリ施設を備えた。 そんな立派な病院を前にした。
佳織は、横からメニューウィンドウを見て。
「‘grade1’、なんて書いて在るってことは、後にもっと規模のデカい奴が来る証よね?」
皇輝は、オートマッピング機能から、薄暗く表示されたステージの外観をざっくり観つつ。
「恐らくは・・。 さて、病院本棟と云う施設が、ステージの7割以上の広さを占めていそうです。 それに、この天候の怪しさからして、また〔お邪魔キャラ〕《エネミー》が出るかも」
佳織は、それをすっかり忘れていた。
「あ、ソイツも居たっけ。 緊張してて、忘れちゃった」
休憩前には、あれだけ犬を蹴っ飛ばしたのに…。
エネミーの存在を佳織が再認識した所で。
「佳織さん。 俺は、直接この本棟の施設内に行きますんで。 佳織さんは、動き易い外からお願いします」
「はいはい、駐車場から回るわ。 車が在るし、周りとか下とか、確かめるね」
「お願いします」
と、手分けした二人だが。
このステージでは、また平仮名の書かれたカードが散らばっていた。
そして、このステージには不思議な事に。 病人姿のエネミーと共に、ナース姿の〔お助けキャラ〕《ヘルパー》が居た。
顔の無いガリガリに痩せた病人姿のエネミーは、プレイヤーを見付けるとモゾモゾとしたゾンビの様な動きにて。 何処までも何処までも、プレイヤーを追い掛けて来る。
然し、ナース姿のお助けキャラは、プレイヤーに付随し。 この患者らしきエネミーを見付けると迅速にすっ飛んでは捕まえる。 ヘルパーにエネミーは捕まると、瞬時に姿を消してしまい。 最初に居た部屋やロッカーに、動かない状態で戻される。
但し、問題なのは、このステージのエネミーには直接的な攻撃が効かない。 その為、犬の時の様にエネミーを攻撃した佳織が、すんなりと捕まった。
開始から5分過ぎ。 佳織がタイムを少し奪われ、
「アチャ~、クレジットが一個、減っちゃたよぉ」
と、嘆いて復活した彼女。
‘ゴメンナサイ’を連呼するチャットを繋いだままに、佳織はまたエネミーと遭遇したらしく。 皇輝には煩くなるほどに悪態を吐きながら、施設の外を逃げ惑った。
一方、エネミーとヘルパーの関係性を開始から20分弱で見抜いた皇輝。 ヘルパーは、一度エネミーを捕まえると、10分くらいは復活しない。 が、然し。 一度に、一体のヘルパーで、三人までのエネミーを捕まえる。
(纏めて捕まえさせるか、こまめに危険を排除させるか…。 考えてる必要が在るな)
と、理解した。
処が、病院の本棟はやけに広い。 病室だけで、100室は超えそうなもの。 然も、大部屋は病室が開きっ放しで、ドアが無い。 並ぶベッドも、全て薄いクリーム色のカーテンに包まれる為に、エネミーの存在はカーテンを開くまで解らない。
(なかなか、上手い具合に出来てるな)
そんな大部屋が集まる四階から、三・四人が入る中部屋の集まる五階に皇輝が行く頃。
〈外にっ、エネミー多過ぎっ! ヘルパー借りるぅぅっ!!!!〉
と、チャットにて佳織の声がする。
〈どうぞ。 正面口の受付の中に、ヘルパーが居ますよ〉
答える皇輝は、廊下の窓から外の様子を見た。 すると、二体のエネミーに追われた佳織が、駐車場よりこっちに来て居る。
皇輝は、なるべく分かり易い様に。 本棟の施設内に隠れているエネミーとお助けキャラのナースが居る位置を、共有化されたマップにそれぞれマーキングしたのだが…。
1分ほどして、
〈たっ、助かったぁぁぁ…〉
と、佳織からチャットが来る。
〈佳織さん。 ヘルパーに捕まったエネミーは、元の位置に戻されてます。 それから、一度助けて貰ったヘルパーは、10分ほどしないと再出現しないみたいです〉
〈へ・へぇ~〉
〈ですが、ヘルパーは最大で、3体程のエネミーを捕まえます。 ヘルパーのご利用は、計画的に・・ってヤツですね〉
〈むぅっ! カードローンみたいに言わないでよっ。 まだ、F・S本体を買ったローンが、来年の年末のボーナスまで残ってるのにぃ〉
〈あ、それは済みませんでした〉
疲労感より精神的な緊張感から、ヘロヘロの佳織はまた外へ。 何とか外を見て回った佳織が、エネミーを恐れて病院内に来た時。 既にステージ踏破率は、85%を超えた頃だ。
最上階の院長室にて。 脱出ゲートと、パスワード入力用のノートパソコンが在る。 エレベーターで一気に逃げて来た佳織は、院長室に逃げ込み。 其処から皇輝の所まで、降りて戻る形に為った。
このステージでのミスは、佳織の二回で収まる。
プレイヤーが最初から持つ、〔クレジット〕と云うミスを出来る回数は、ゲーム開始時に5回を保持。 ワールド移行時に、1回プラスと成り。 最大保持数は、12回まで。
本当は、或る条件でステージクリアしても、ボーナスでクレジットは増えるが。 二人でそれを狙うと、ゲームの難易度が上がってしまう。 スピードクリアに関わる事だが、急ぐとしても先に追い付くのも不味い訳で。 それはしないと、皇輝は言わなかった。
さて、‘病院ステージ’をクリアして、患者エネミーの執拗さに文句をぶちまけた佳織だったが…。
次のステージは、二階建ての広大なホームセンターが舞台だった。 駐車場が先ず広く。 店内も外観からしてかなり広そうだ。
佳織は、200台以上の駐車が可能な屋内駐車場を見て。
「う゛~わ、駐車場も広ければ、車もポツポツと沢山在るわ~」
一方、時間を確かめる皇輝は、
「ゲーム内の時間と現実の時間には、誤差が在りますね。 おそらく、ゲーム内の時間より現実の時間経過が遅い。 このステージは広いので、制限時間いっぱいに使って行きましょう」
焦る必要は無いとした皇輝は、動きの制限される店内へ、自ら選んで向かった。
店内に入ると、何故か。 四方に在る出入りには、せき止めるバリケードの様にレジが設置され。 店内で現れる泥棒風体の顔が黒い人が、エネミーとして捕まえに来る。
だが、他のステージと変わった点の一つは、陳列棚などの低い場所は、飛び越える事が可能と成っていた。 衣類の並ぶ列を隣に飛び越えても、全く問題が無い。
そして、店内を逃げ回る皇輝は、次第にエネミーの特徴を把握する。
(直線等の視界から外れると直ぐに、一旦は立ち止まるのか。 然も、陳列棚から隣の棚の並びに来る時、追い掛けるスピードが劇的に下がる)
と、分析し、それを佳織にチャットで伝えた。
一方、代わって。 外の駐車場やら資材置き場から、花屋など造園・園芸コーナーを見て回る佳織は、エネミーから何度となく逃げ回る内に苛立ってくる。
(人がっ、命懸けで遣ってンのにっ。 キモいのよっ、このぉ!)
遂に、怒りに身を任せてエネミーを張り倒した。
すると、以前のステージで遭遇した犬の時と同様に、一時的だがダウンすると解るではないか。
「アタシに気安く近付かないでよっ! 動かなくなるまでっ、張っ倒すからねっ!!」
豪儀な捨て台詞まで、オマケで付ける佳織。
そこへ、皇輝よりチャットにて。
〈佳織さん。 ロッカーや更衣室に隠れると、やり過ごせますよ〉
だが、ぶっ飛ばした佳織で。
〈あ、あ〜〜〜、そうなんだ〉
〈あの、大丈夫ですか? エネミーのシグナルが、目の前に在るみたいですが〉
〈だ、大丈夫よ。 ほら、ヘルパーが居ないからさ、試しに叩いたら、ね。 ダウン、したし〉
すると、皇輝も理解して、何と言って良いか解らずのまま、思わずに近いモノで。
〈お強いことで…〉
これには、何か含みを感じた佳織だ。
〈チョットっ、もう少し笑いになりそうな意見をしてよ〉
〈そっちは、得意ではありませんよ〉
〈なっ、エネミーに追われてもっ、助けてあげないからね!〉
どうやら佳織の中では、既に力づくの事は自身が上と成っているらしい。
〈いえいえ、エネミーに纏わり憑かれたら、佳織さんを探しますよ〉
〈チャットっ、そういう言い回しが出来ンじゃないのよ!〉
エネミーに逃げる過程で、更衣室に入って居た皇輝だが。 エネミーが去った事で、更衣室より出ると。
〈処で、変な絵の書かれた紙が、4枚ほど〉
〈こっちは、3枚っ〉
で…。 今回は、ダジャレ的な四字熟語を、紙に描かれた絵から推理するパターンだったが。 タイムをなんと半分も残して、このステージも切り抜けた二人。
これで、第四ワールドへと移行する事に成った。
脱出ゲートを潜ると、真っ暗闇のトンネルの様な場所に入る。 見えないので、‘道’と言って良いのか解らないが。 出口を探し歩く二人。
「何とか、他のプレイヤーと合流しなかったね」
と、佳織が言えば。
何故だろうか、
「スイマセン」
と、メニューを操作しながら言う皇輝だ。
佳織は、予想外の言葉が返って来たと。
「ナニが?」
と、聞き返してみれば。
「こんな大変な事に、不意打ちながら巻き込んでしまいまして…。 一々、他人の心配もさせてしまってる」
こう言う皇輝。
彼は、次のワールドの情報や、他のコミュの割合など。 掲示板の書き込みなどを見たり、他のプレイヤーの情報を得るに必死だ。
何とか被害者を出すまいと、色々している素振りの皇輝。 その一人で背負い込む姿を見る佳織は、こんな状況でも腐らないこの若者の方が偉いと。
「そんなこと、この現状じゃ~お互い様でしょ。 別に、アナタがメフィストゥを解き放った訳じゃ無いし。 私が先にメフィストゥと遭ってたら、ど~成ってたか」
と、ちょっと自虐的な雰囲気を醸し出してから。
「でも、加わった先がアナタで、まだ良かったわ」
と、話を繋ぐ彼女。
メニューウィンドウから情報を見終わり。 次のワールドへの出口を先に見た皇輝は、
「最後まで、文句も言われず。 それだとイイんですがね…」
皮肉めいた、冷めた物言いで返す。
そんな皇輝に、佳織は一瞬だけ困った笑みをすると。 一転して、細目の薄い視線を送り。
「あ~、イジケん坊さんだな~」
と、揶揄する。
確かに、素直じゃ無い性格が自分には在ると、端っから自覚する皇輝だから。
「かも…」
と、短く返す。
次のワールドへの出口に差し掛かる佳織は、
「その素直さとのギャップは、悪くないぞ~」
皇輝の顔を覗き込む様にして笑った。
だが…。
新たなステージを見た佳織は、口を開けて呆ける。
横に立つのみ皇輝は、
(多分、‘怒鳴り’が来るな~)
と、予想しながら黙った。
が・・、刹那後。
「ふっざけんなっ!!!!! 何じゃこのデカい建物はぁっ!!!」
誰ともなく怒鳴り散らした佳織。
一歩、横に数歩ほど離れた皇輝は、
(やっぱり、な~)
と、彼女を見ない。
二人の目の前には、‘雑居ビル’を遥かに凌ぐ。 ‘高層ビル’と云えた建物が見えている。
「佳織さん」
「何じゃいっ?!」
「これでも、‘シングルプレイモード’の、ノーマルステージだそうで…」
一応は・・と、説明した皇輝だが。
「あ゛ぁっ?」
佳織から鋭い視線でギラッと睨まれた皇輝は、流石にこれは自分の責任じゃないと。
「怖い・・です」
と、横に顔を逸らした。
さて、今回は建物のみ。 その内部に入れば、エレベーターとエスカレーターが起動して。 動き回るには、楽な環境下では在る。
然し、全18階建ての、奥行きも在るビルだから。 これを二人で回るとなれば、一筋縄で行く訳が無い。
然も、このワールドからクリア条項に新たな条件の、〔チェックポイント〕なるものが入る。
この建物の何処か三ヶ所に、白いボタン、黒いボタン、緑のボタンが存在し。 その三つを押さないと、脱出ゲートの在るドアが開かないのだとか。
休憩から戻って二回目のプレイから、現実の時間で約1時弱で此処まで来れたのに。 第四ワールドから、タイムが倍近く成った故に。 ステージの広さも、倍以上と成った。
ステージ1は、この‘中層ビル’・・らしい。
二人して、各階を手分けして行くことにし。 先ずは、エントランスロビーと。 その奥に広がる、一・二階を吹き抜けに作られた展示場を探し回る。
さて、受付には、格好だけはちゃんとした。 然し、顔の無いマネキンの様な受付嬢が立つ。 佳織は、そのキャラに顔を合わせると。
「ちょっとっ、まだ第四ワールドよっ! どんなデカさしてんのよっ、このビルっ」
と、受付カウンターの一部を叩いて文句を言う。
トイレを見た皇輝は、苦笑いを浮かべると。
「意外に、制作サイドに聞こえてたりして…」
こんな独り言を言った。
二人してエスカレーターからエントランスロビーを抜けて、内部展示場に入る。 このステージ1のコンセプトは、‘アート’に関するものらしい。 美術品、グラフィックアート、ジオラマアートなど、様々な展示物が一階と二階に在る。
この場所で、また‘平仮名’が一文字だけ書かれたカードと。 チェックポイントのボタンを一つ発見。
ボタンを押すと。
‐ チェックポイント、ヒトツクリア。 チェックポイント、ノコリ、フタツ。 ‐
と、放送が流れる。
押した本人の佳織は、
「解ってるわよっ! それよりも、有る階でも教えなさいよっ」
と、文句を返す。
違う方向を見て、薄く笑う皇輝。 感情表現が豊かな佳織は、暇にも深刻にも成り過ぎないので、気が紛れると云う意味では面白いと思う。
さて、二階より上に上がると。 会議室やら各部署の部屋が有る。 営業部の部屋を回る二人は、二・三十人は詰めれるデスクを調べて居ると。
社会人となるらしい佳織が、
「営業部の部長や課長を始めに、男も口が上手いからイヤなのよね~。 アタシとは、合わない部署だわ」
と、独り言の様な意見を。
棚やらロッカーを見回る皇輝は、
「ですが、営業部の努力無くして、売上は伸びないのでは? 口が上手いのも、一つの取り得だと思いますよ。 また、詐欺をする訳では無いんですし…」
と、正論を言ってしまう。
「まぁ、ね」
「企画と営業は、特定の会社では車の両輪みたいなもの。 いい意味で、仲良くも意見を言い合える関係性が望ましいです」
言って居る間にカードを見つけた皇輝は、
「カードが有りました。 そろそろ五階に行きましょう」
と、佳織に声を掛ける。
「オッケー。 トイレや小さい部屋は、先に私が見る」
「お願いします」
各階を回る二人は、時に他愛無いことを話す様に成った。
十二階のプレゼン専用と云う会議室、準備室を見回る二人。 薄暗い部屋を明るくした皇輝へ、探すことに動く佳織が。
「皇輝さんって、まだ学生?」
テーブルの下を見る皇輝は、
「社会人には、見えませんか?」
と、返すと。
観葉植物のプランターや映像資料を映し出せるボードを調べる佳織は。
「って云うか、まだまだ若い子って見える」
と、笑う。
椅子を探して見回る皇輝は、準備室に続くドアを開き。
「ま、契約のパート社員みたいなものですから、確かに子供っぽいかも知れませんね」
「仕事は、コンビニの店員とか? アタシ、大学生の四年間は、デパ地下の売り子だったわ」
その話を聞きながら、準備室に入った皇輝。
「いえ、駅の監視整理員です」
窓まで見回った佳織は、パッと想像して。
「あ~、朝に満員電車の整理してる人?」
「はい。 日昼の間は、近い駅の巡回もやってますよ」
その後、準備室に入って来た佳織が。
「アレって、色々と大変よね。 夜は、酔っ払いに絡まれるし。 朝の満員電車なんて、駆け込みとか凄いもんね」
「えぇ、まぁ大変ですね」
佳織は、部屋の隅のノートパソコンの間に一枚を見付け。
「此処にも一枚。 今、全部で何枚?」
「二十一枚です。 占いでも出来そうです」
「‘ひらがな’で占いね~、絶対に信じないわ。 朝の占い以外、騙されないわよ」
その瞬間、探す手が止まる皇輝。
(何の違いが…)
然し、直ぐに考えるだけ無駄と。 それから各階を探し回って、カードは全部で二十八枚に。 答えを導き出した二人は、次のステージへと。
ステージ2は、‘特大デパート’と云う、無駄にデカく広い場所。
新たなステージを見た佳織は、
「デカけりゃ使えるって訳じゃ無いのよっ! 品揃えとかっ、安いとかっ、一般人にも基準が有るのよっ、基準がっ!」
苛立って居る佳織に、皇輝は小さい声で。
「外に行きます? 中に行きます?」
聴けば、皇輝に佳織が掴み掛かり。
「こんな広い場所っ、一人で見回れる訳が無いわよっ! 外堀から埋めるのっ。 先ずはぁっ、駐車場とフードコートっ!!」
「はい、はい…」
皇輝の返事を受けた佳織は、肩を怒らせ右回りに。
そんな佳織へ、また現れたドーベルマン風の犬のエネミーが走って行く。
「あ・・犬のエネミーが居るんだな」
素朴な意見として、皇輝が呟くとき。
‐ キャワンっ! ‐
佳織の行った方から犬の悲鳴が上がる。
蹴られて転がりアスファルトの上にダウンした犬のエネミーを見て、流石に皇輝も。
(確かに、動物愛護団体から、文句が来るかも…)
と、先程に出た佳織の意見に同意する。
さて、このステージから新たなアイテムとして、タイムを止めてエネミーの行動を抑止する時計が現れた。 時計と云っても、目覚まし時計の様なモノなのだが。
制限時間が停止する上、プレイヤーが視界から外れた犬はその場に寝る。 佳織は、その時計をバカスカと取りまくり、エネミーを蹴り捲った。
ステージ2は、チェックポイントと鍵を取る内容。 五個の鍵を探し回って、数時間は動き回った感覚に至る二人だった。
さて、次のステージ3は、切り替わった瞬間。
「う゛ぇっ、この空模様はぁっ!」
暗雲が垂れ込めた不気味な空模様を見た佳織は、動物的な鋭い直感力を見せる。
一方、横でステージデータを見る皇輝は、
「流石は、佳織さん。 予想通り、早くも来ました。 《大病院とタワー駐車場と救急医療施設》・・だそうで」
以前の病院に比べて、割り増しとなる名称が入っているのだが。
「嫌よっ、あのエネミーって大っキラい!」
「はい、では行きましょうか…」
「皇輝さんっ、絶対に別はイヤよっ! 周りから手分けだからね゛っ!!」
「はい…」
だが、このステージでは、予想通りにあの倒せない患者エネミーが出現。 然し、ヘルパーと一緒にタイムストップも出るので。
「止めてやるわっ! ストーカーめっ!!」
感情を丸出しで、ゲームの世界を全力プレイする佳織が居る。
端から見る皇輝は、内心で。
(あの人、結構・・楽しんでるな…)
と、思う。
思うだけだが…。
さて、ステージ3の大病院では、鍵とチェックポイントと云う点では、余り変わりが無い。 意外にも、タイムを半分近く残して、次のステージへ。
ステージ4は、
〔ドーム野球場と駐車場及び、その敷地や公園周り〕
だった。
但し、一風変わって居るのは…。
球場前にて、ステージを見る二人の耳に。 ‘ワーワー’云う歓声や、プロ野球場の名物とも云えた鳴り物が、臨場感の在る響きで聞こえて来るのだ。
「佳織さん、聞こえます?」
「え、えぇ、歓声・・よね?」
不思議に思う二人が、先ず周りを余所に球場へ入ると…。
席が並ぶスタジアム内でその光景を見るなりに、バックネット裏に走る佳織。
「わっ、わわっ、試合をやってるっ!」
姿の黒いマネキンが、プロ野球リーグのチームのユニフォームを着て。 なんと、試合をしているのだ。
メニューを出した皇輝は、ステージ情報を読む。
“フィールド内では、試合が行われています。 フィールド内にも入れますが、打球・送球・投球に当たるとダウンに成り。 タイムを削られます”
と、注意が書いて在った。
それを佳織に云うと…。
「なら、アタシがフィールド内に行くわ。 私、女子ソフト部で、サッカー部も掛け持ちしてたから。 ボールくらい、簡単に取れるし」
何とも頼もしい事を言ってくれる。
だが、当たるのが不味いなら、手で取っても微妙だと。
「佳織さん、手取るのは…」
然し、関係者用通路を探しに、スタジアムの階段を駆け上がる佳織からは。
「冗談よ、ジョ~ダン」
と、ホントかどうか解らない返しが来る。
離れて行く佳織へ、皇輝は。
「解りましたっ 自分はっ、観客席から探し回りますっ! 今回はっ、また絵に因る謎解きらしいですよっ!」
内部通路に降りる出入り口の前に立った佳織は。
「解ったーっ!」
元気に応えて、通路に降りる階段へ消えた。
絵を探し始めて、皇輝は席の下やら席と席の狭間を見て回る。 佳織は、遂にフィールドへ出て。 広い外野から内野に向かって、紙を探し回る。
そして、フィールドより。
「一枚めっけ! 内野手の背中に有った!」
佳織の話に、手を挙げて応えた皇輝は、最上段の席の隅にチェックポイントを発見。
一方、フィールドを回る佳織は、審判のプロテクター内側に、また一枚を発見する。
「あわっ、こんな所にも…」
二枚を回収した佳織は、両チームのベンチ、ブルペン、ロッカーと。 各チーム使う専用の通路なども探し回った。
さて、広大なスタジアムには、三カ所に時間を一時的に止める時計が有り。 使用後、経過時間でまた復活すると云う、ゲームらしい仕様がなされていた。
その全席の7割を見回った皇輝の元に、25分を経過した辺りで佳織が戻って来る。
「三枚も有ったわ。 ブルペンや通路までリアルに再現されてて、ちょっと気晴らしに成っちゃった」
こう言う佳織に、頷いた皇輝は言う。
「佳織さん、このままもう一度、バックネット裏の最上段の席へ行って貰えます?」
「はぁ?」
「今回、お助けアイテムで、時間経過をちょっとだけ止めれる時計が有ります」
「あら、便利~」
「一度使うと、20分は復活しないんですが。 そろそろ最初に使ったヤツが、再出現する頃と思うんです」
「ハイハ~イ。 それを使用してから、逆回りで席を探し回るわ」
すると、皇輝は。
「ならば、時計を押しながら、ドーム内の捜索を頼めますか? 自分は外に出て、駐車場とフードコートと公園を見回って来ます」
走り掛けた佳織は、振り向くと。
「あ゛っ、そっちも在ったっけ」
「はい。 チェックポイントも在れば、謎解きのヒントも必要ですから。 エネミーが居ないなら、手分けしましょう」
「オッケー」
佳織の表情が、先ほどの大病院のステージより明るい。 外に出て行く皇輝は、個人的な意見として。
(佳織さんも、本当は心配だろうにな。 もう二時間少しで、また次の休憩だ。 今度は、身体がどうなるやら…)
と、1番の心配を思った…。
自分も心配だが、佳織は巻き添えを食らった被害者だ。 本当ならば、自分が恨まれても仕方ないと思う。
さて、普段は駅で働く皇輝だ。 大雨、強風、停電、大雪と、天候だけでも電車が止まれば、喚く客も出る。 ま、予定が壊れるのだから、苛立つのは十分に理解できる。
また、人身事故とか車両故障と成れば、路線を使う人にも迷惑が掛かるから、不満は職員に向く。
(怒鳴られても、仕方ない…)
何時も、そう思う様にしていた皇輝。
今は、地下鉄の電車はマグネステアーに成り代わり。 レールから変わったレーンも、透明な筒状の特殊滑走路と変わって。 風雨等の悪天候では止まり難くなり。 また、ガードシールドのお蔭か、人身事故も激減した。
だが、やはり停電に成れば、磁場を造るに必要な電力が落ちるし。 強風や大雨・大雪にて発電所に影響が出れば、マグネステアーとて止まる事も在る。 また、どうしても自殺したい人が開いたガードシールド内に入って、
“轢いてくれっ、殺してくれっ!”
と、運転を妨げた事だって在った。
組まれた平常ダイヤが乱れれば、マグネステアーが動かない事に客の不満は溜まる。 すると、極少数の心無い人が喚いて、整理員やら駅員は対応に追われる。
今、まだ佳織一人で、他に巻き添えを喰う者は居ない。 また、ああ見えて佳織は理解が在るから、皇輝の責任とは思わないのだろう。
然し、次に入って来る者が、佳織の様な者とは限らない。 それに、一緒に動いてくれるとも、限らないのだ。 何人も加わって、その者がもしペナルティーを喰らったら…。 広大化したステージを、設定より少数の人数で行くと成ったら…。
皇輝の不安は、募るばかりだ。
スタジアムの外に出た皇輝は、駐車場を回ってチェックポイントを発見。 その他、ドアの開く車を探し回ったり。 トイレやら料金所の詰め所を回って、紙を探し回った。
そして、その移動の合間にも、常に他のプレイヤーの様子を気にする。 第二ワールドのヘルプは、幾らか解消されている。 詰まりは、他のプレイヤー同士が一緒となり、共同playをしている。
(後からのプレイヤーが組み込まれない様に、早め早めのクリアと行きたいけど。 先のワールドのヘルプは、相変わらずみたいだ。 ONLINEの設定を、single-playにしたままの人が居るって事かもな。 下手に追い付くと、こっちに組み込まれる…)
どうplayするか、悩む皇輝とて一人の人間だ。 人は多々にしてそれぞれと知っていても、駄目になりそうな苦労や境地を望む訳が無い。 心配や恐怖を胸に秘めながらも、出来るならば佳織と二人ぐらいでクリアが出来るならば、このまましたかった。
さて、一方。 スタジアム内に留まった佳織は、皇輝が随分と要領よくタイムストップを掛けていたと思う。 次々と止めれは、次に回復するまでが長く成るから。 数分刻みに手際良く押しに戻らなければ成らない。 そして、押してから席を見回り終えると、次はスタジアムの内部の通路やトイレなどを見回る事を迫られる。
(チェックポイントが、三つ押された。 チェックポイントは、後一つ…)
スタジアム西側のタイムストップを使ったので、最初の北側を使えるまで12分有ると。 また階段を下りて、各入り口と繋がる内部通路や施設を探す。
(早く、次のワールドに行かなきゃ・・。 そろそろ、前のワールドに迫った人達が来ちゃう…)
佳織とて、皇輝が心配する事の大まかな所は、自身でも理解している。 焦っても構わないのに、急かせる様なことをあまり言わない皇輝には、短気な自分を知るだけに頭が下がるくらい。
(こっちのトイレと通路を見て回れば、次は外に出て…)
死にたくないのは、無論の事。 二人は、残り時間17分前で、公園に在ったゲートより脱出した。
暗いトンネルの中を歩く佳織は、何となくうんざりした様子にて。
「これだけ頑張って、第四ワールドってね。 こんな状況じゃなきゃ、絶対にぶっ続けで遣らないわ」
他のプレイヤーが書き込む掲示板より、次のステージ情報を探す皇輝は。
「今日から二連休を取ったんで、コッチは助かりました。 2日の内の1日でも仕事だと、色々と面倒ですからね」
「羨ましいなぁ。 アタシは、明日から仕事なのに…」
「然し、次のステージ情報が、どうもあやふや・・ですね。 やっぱり、シングルプレイとして拡張する前のステージと、コミュの人数を増やすした広大化したステージは、違うらしい」
「あらら、ってもう出口みたい」
そして、二人はステージ5に入る。 すると、立派な和風の橋が水路に掛かる、日本庭園のような場所に来た。
佳織の視界には、芝生と庭木を石で囲む庭と庭の間、石板を敷き詰めた道の街路樹全てが桜となり。 この春めいた大庭園の先に、城が見えて居る事を確認すると…。
「な・ナニあれ…」
と、佳織が指差す。
横で、同じ風景を見ている皇輝だけに。
「日本のお城だと思いますが? 姫路・・いや、大阪城っぽいかな」
と、軽~い分析も込む。
すると、思いっ切り皇輝に振り向く佳織。
「そんな悠長な意見はっ、聴いてな゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ! 何じゃぁーっ、この広さはぁっ!!!!!!!」
怒鳴られた為に、ステージ情報を開く皇輝は、脇目に内容を黙読すると。
〔大庭園と日本の城〕
と、銘打って有る。
「ハァ・・。 此方にそう怒鳴られましても、ね」
済まなそうに返す傍ら、内心では…。
(さっき、何て言ったっけ・・かな?)
過去を思い返すだけ、野暮と云うものか。 それより今は、第四ワールドのラストステージに臨むしか無い。
構えも立派な城を遠くに望みつつ、歩き出した二人だが。 大庭園の入り口に来た佳織は、その広大な敷地に悪態を吐き。
「何が城よっ! 攻めてやるからっ、どっかに大砲とかないワケっ? ミサイルでも、この際良しとするわよっ!!!!」
と、肩を怒らせ敷地に踏み込む。
然し、悠長なことで潰して構わないほどに、2人へ与えられた時間は多く無い。 次の休憩まで、現実の残り1時間を切ったからだ。
皇輝は、このステージが4つのフロアに別れていて、一番小さいフロアから回ろうと。 桜と小路で分けされた、春の庭園フロアを後回しにし。 次のフロアへ行くとした。 理由は、桜の在るフロアは、他の3つのフロアと繋がる唯一のフロア。 その広さが一番大きいと見越して、厄介な城の方に向かおうとする。
広さに怒っている佳織だが、皇輝の提案には素直に従い。 その動きは、また迅速に成った。 口や様子から見せない様に振る舞って居るが。 彼女の本心は、この恐ろしいゲームから早く解放されたいのだろう。
スタート地点からすぐに見えた橋を渡る二人。
メニューを開いたままにする皇輝は、ステージ情報から読み取れる事を言う。
「このステージでは、チェックポイントが一気に増えて、7ヶ所も有るみたいですね。 次の休憩までの時間も少ないので、捜索のスピードを上げる必要が有ります」
聞いた佳織は、頷いて返すと。
「勝手に広大化させないでよっ。 チェックポイント7つって、かなりウザいわ」
と、またも文句を。
さて、桜の枝が掛かる古い仕様の水路。 そこに架かる木造の和風な橋を渡り、立派な構えの門を潜ると…。 風景が一変する。 桜は見えなくなり、深緑が生い茂った杜を左側に見る。
「あら、桜が散っちゃったかしら?」
辺りを見回す佳織は、蝉の音まで聴く。
処が。 此処で皇輝が突然に、新緑の美しい古木の杜へ突っ込んだ。
「ちょっ! 皇輝さんっ」
奇行に驚いて、ビタッと足を止めた佳織だが。
一方の皇輝は、杜に入る手前にて止まり。
「この左側の杜は、どうらやステージの範囲の境界ですね。 柵に囲まれた庭や造られた庭園は、侵入が出来そうだけど…」
杜まで探せと言われたら、流石に佳織もお手上げと思う。
「それなら・・ステージの境界も調べながら行きましょう。 マッピングされると、明らかに‘際’って解るから」
二人は直ぐに手分けして、深緑の杜に囲まれた庭園から調べて回る。
その捜索の途中だ。 或る壁際に、ステージの内容を書いた立て札が在り。 このステージでは、
“春の花に囲まれた大手門と大庭園”
“夏の深緑に包まれた池群”
“秋の紅葉に囲まれた城”
“冬に無駄を削がれし枯山水”
と、4つのフロアが在ると記して有った。
また、掲示板を観た皇輝曰わく。
“春夏秋冬と森羅万象と造形美が調和された場所”
らしいが…。
探すことに忙しい佳織からするならば、
“観賞する余裕が無いから、広いだけウザい”
と、言い切った。
確かに、その意見は正しいと感じた皇輝。
二人が今居るのは、大手門から水路に架かる橋を渡って、二の門を潜った先の、“夏の深緑に囲まれた池群と庭園”のフロアだ。
一昔前の日本らしい、瓦の屋根を持った白い防御壁と。 深緑の杜や庭園に包まれた池群は、大小で三十余に成る。
大きい池には、錦鯉。 中ぐらいの池には、フナ。 小さい池には、金魚。 その魚の泳ぐ池の周りを探し回れば、池から池に流れる水の音がして、様々な蛙の鳴き声もするし。 杜や庭木の周りを探せば、各種の蝉やら鈴虫など、夏の自然が奏でる音色が聞こえる。
だから、池やら庭を探す内に。
「このウシガエル、煩いなぁ~」
ボヤく佳織は、皇輝に何かを挙げて。
「皇輝さんっ、また‘平仮名’のガードっ」
虫の音色に癒やされる皇輝は、
「解りました」
と、大樹の一部に埋め込まれたチェックポイントを押し。
(出来るならば、この美しい景色に、不粋なゲームの仕様を同化させるのは、ちょっと止めて欲しい…)
と、個人的に思った。
然し、そんな皇輝の耳に。
「う゛げぇっ、鯉の頭にチェックポイントが付いてるっ! 人面魚以上に、キモいっ」
と、佳織の声が飛び込んで来る。
聞いた皇輝は、
(この景観を考えて作り上げた人等の腕は、絶対に評価する。 然し、プランナーの感性は、余り良くないな)
それを思うだけに留めて、手伝うためと池に向かった。
そして、夏のフロアを探し終えて、次の門の先へ抜けると・・。 今度は、葉を落とした古木に囲まれた、枯山水のみが見えるフロアに出た。
何故か薄曇りとなる中、白黒の光明と陰影に支配された庭を見て、佳織は直ぐ。
「な~んか、陰気臭い」
と、素直な意見を言う。
一方、皇輝は…。
(池で濡れないから、此処も踏んだからって乱れないんだろうけど…)
文化的なモノの古い部分を表現として壊すのは、作家として嫌いでは無い反面。 こうした景観や自然に始まり、構造物、建造物、表現物を踏み荒らしたり、手折ったりするのは、正直な感覚として好きではない。
だが、必要とするカードが、枯山水に置かれた岩の上にモロで見えているので。 嫌々、枯山水の中に足を踏み入れて行く。 現実ならば、下手すると警察に御厄介と成るかも知れない。
然も、堆く盛り上げられた円錐形の砂の塔に、チェックポイントが埋まって居る。
(う~ん、これは…)
その異物と云うべきか、不釣り合いな融合を調和と呼ぶべきなのか。
だが、
“悩んでも埒が開かない”
と考える事を止めた皇輝は、真面目な顔でスイッチを押した。
この枯山水フロアにて、新たに数枚のガードを発見した二人は、その枯山水フロアを見終わると。 次は、このステージの一番シンボリックと言える、象徴的な城の膝元へ向かう事に。
枯山水フロアの北西より移動すると、石の階段路が続く細い道へ。 坂道で在りながら、その坂の急な角度を緩める為に。 石階段の一段一段が、二メートル以上の長さを持たせた造りに成っている。 だが、道自体の幅は、さほどに広く無い。 この細さは本来、戦国の頃に敵を一斉に上らせない為の仕様だ。 細部にまで拘ったのか、この場所だけ本物と感じれる雰囲気が有った。
その石階段の路を上がって最後の門を潜れば、秋の紅葉に彩る杜に囲まれた城が現れた。
次のフロアは、秋の紅葉に包まれた城と云う。 佳織は、美しい紅葉に包まれた城を見上げて。
「ハァ~・・」
感嘆とする一息を出した。
彼女が感嘆とする様子を見せるのも、皇輝には良く解る。 この城、ゲームスタート時の場所から見上げると、城の土台を隠して城だけがクッキリ見える。 だが。 通路を通って門を潜って来ると…。 見上げる真正面に城が聳え立ち。 その周りに、二段の囲いの様な台地が造られている。
先ず、一段目の台地には、紅葉の杜に包まれた木造の回廊が造られ。 空中を繋ぐ廊下で、城の中ほどと繋がるように、北側と西側で行き来が出来るように成っていた。
そして、二段目の台地には、北から西側まで紅葉の栄える庭園が造られていて。 スタート地点から見える東から南側までは、白い外壁が城を包む。
また、城の北側の奥は、山の斜面に紅葉が広がっていた。
天然の自然が、その休む為に眠り行く一時。 衰え行く葉が、紅、黄、茶と、最後の命を燃やす様に変色する紅葉。
一方、それとは真逆と云うべきか。 人工に造られ淡白とすら言える、白と黒と焦げ茶色をした城と木造回廊。
天然物と人工構造物の調和は、不思議な魅力を湛えていた。
全体を観ていた皇輝だが、
(見ているだけでは、時間が過ぎるだけだな)
と、気を持ち直した。
「佳織さん、行きましょうか」
「あ、うん」
見蕩れた佳織が、ハッとした様に返して来た。
城に向かう二人は、その周りから調べる事にした。
さて、坂道から門を潜って来た場所は、台地下段の南西の外れ。 頭上を回廊がアーチ状に登って居る。 其処を潜り抜け、台地下段から城へ渡ろうとするのだが…。
佳織は、何故か柱だけ残され、橋が撤去されているので。
「え゛~、下に飛び降りるの゛ぉ~」
と、3メートルほど下の土の道を見下ろした。
だが、この今居る台地下段の南側の真ん中付近に、一本だけポツンと松の庭木が在るのを見付けると。
「向こうに、地面とは違う色の何かが見えますよ」
と、指差した。
二人して松の元に向かえば、石で設けられた階段から、城の土台と成る石垣の周りへ降りられると解る。
神社に在るような、急な石階段を降りる佳織は、後から降りる皇輝へ。
「橋の柱だけって、ダジャレ?」
と、不満げに云う。
だが、城の造りを見る皇輝は。
「本来は、石垣の周りの道は、水路にして内堀なんでしょう」
「でも、水が無いわ」
「其処は、開発側に意図でも在るのでは?」
「ふぅ~ん」
不満が在る、と言いたげな様子の佳織だったが。 石垣の周りの道を探せば、左回りの影に隠れて、チェックポイントが見付かった。
それを押す佳織だが。
「此処の必要が在る訳ぇ?」
と、複雑さに無駄口が出る。
だが、旅が趣味の一つと成る皇輝は、歩きながら石垣を触り。
「手触りも、本当にリアルだ」
と、感嘆とすら。
佳織は、皇輝の様子にちょっと困惑。
「皇輝さんって、こうゆう城とか好きなの?」
「えぇ、まぁ。 たまに行く旅行が趣味の一つなもので、ね」
「‘旅行’って、美味しいものを食べたり、海や遊園地で遊ぶものじゃないの?」
「それも、旅行の楽しさの一部ですよ。 旅に行くのは、人それぞれ自由でいい」
「う~ん、何か・・文化人みたいね」
その意見で、亡くなった伯父を思い出す皇輝。
(伯父さんほど、趣味人には成れないな…)
と、苦笑いした。
その後、更に城の真裏へ回ると。
「あら、こんな所に門が・・って、この門って閉じてる」
木造の門だが、その入り口は閉ざされていた。 閂が内側から掛かって居るのだろうか。 それとも設定か、ビクともしない。
城の裏手には、何故か閉じられた門が在る。
それを見た皇輝は、ガッチリ閉じられた門を調べて。
「もしかすると、隠しフロアが在るんだな…」
と、呟いた。
その後、城の表に回って、橋の柱を全て調べると。 急にゲームらしくなり、レバーを発見。 12本の柱に、8つのレバーが在り。 正しく操作すると、橋が現れると云う謎解きだ。 数分もせず、皇輝がレバーの謎を解き。 空堀から台地下段へ上がって、架かった橋を渡り城へ入った。
城内の一階中央には、家臣の総勢が集まりそうな大広間が在り。 その周りには、勘定所だの、奉行所だのと、様々な仕事部屋が存在する。
そして、北の台所の脇と、西に在る剣術道場の脇を抜ける大廊下の先には。 堀の空中を挟んで、下段の台地に造られた外回廊へ抜けれ。
また、台所の裏庭には、鍵の掛かった蔵が並ぶのだった。
一階を見回った二人は、大広間にて合流。 殿様が座る場所に座った佳織が、家臣の様に皇輝を見上げ。
「先に、城? それとも、外の回廊とか?」
メニュー画面を見る皇輝は、
「まだまだ時間は在ります。 先に、ざっくりと回廊や台地上段の庭園を見回ってしまいましょう」
と、率先する。
姫様気分か、意見を聴いた佳織は、近場の扇子を広げて遣い。
「良きに計らえ・・なんちゃって」
と、笑うのだが…。
ツッコむのが怖いので、気の引けた皇輝は。
「はいはい・・」
と廊下に出る。
「う゛ぉい゛っ! 何かツっ込んでよ!」
慌てて立ち上がる佳織は、顔を赤らめて後を追った。
さて、外回廊へ渡った二人は、木造の回廊で繋がれた、様々な場所を巡る事と成る。
台地下段の西に在るのは、お湯やら道具一式が揃っている、〔茶道堂〕。
北西に在るのは、〔謁見堂〕。
真北に在るのは、〔紅葉の間〕。
北東に在るのは、〔見聞楼閣〕。
東側に在るのは、〔物見櫓〕。
城を囲う木造の外回廊は、これらの建物を数珠繋ぎに結ぶ道でも在った。
皇輝と佳織は、その建物を次々に見回った。
それから、ぽっかり開いた様な南東には、閉じられた井戸が在り。 それを見た佳織が、
「周りを見ても、な~んにも無い」
と。
台地下段の粗方を見回った二人は、外回廊の北。 〔紅葉の間〕より庭へ出て。 台地上段に、階段で上がった。
「あら~~ま、紅葉がチョーキレイ」
嬉しそうに云う佳織が、城の南西の狭間より北東まで、城を半分囲う紅葉の大庭園に走って行く。 趣の在る大庭園に、感性が刺激されたのか。 それとも、迫る恐怖を隠す為か…。
外回廊や紅葉大庭園を見て回り、チェックポイントとカードを数枚発見。 その奥の山や杜は、ステージの際で侵入が無理だった。
そして、二人は城へ戻り。 一階の大広間の裏手に在る、古めかしい木造の大階段を使って二階へ。 其処から上の捜索に入った。
処が、黒い襖が片側だけ開く部屋に、佳織が先となって一歩を踏み出した時だ。
「危ないっ!」
微かな音から、落下して来る天井に気付いた皇輝は、佳織を捕まえて元の廊下へ引き戻す。
「ひゃあっ」
倒れた佳織の視界の中で、天井が床までドスンと落ちきった。
カラクリで動くのか、重々しい音を立ててまた持ち上がる天井。
それを驚くまま見る佳織は、ワナワナして震えながら。
「ぬ゛っ、ぬぇわんでぇ・・天井が落ちてくんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
怒声を上げた佳織は、勢い良く立ち上がった。
同じく立ち上がった皇輝は、
「これも、難易度アップの一環・・ですかね」
と、入るタイミングを窺った。
イライラする佳織を連れて、天井の落ちる前に佳織と次の部屋へ。 急に、意表を突くからか、返って腹が立つらしい。
処が、他の部屋を回ると、落とし穴や回転扉と云う。 それこそ時代劇に出て来そうな仕掛けや罠や隠し部屋が、多数に存在していた。
そんなトラップを回避する皇輝は、
(迷路を解くのか、アトラクションで遊んでるのか、イマイチ解らない)
と、そう思った。
そして、様々な罠を切り抜けた二人は、城の天守閣に来た。
散々に文句を言って此処まで来た佳織は、うざったい仕掛けなどから解放されたと。 捜索より先に、襖を開けて外の廊下へ出ると。
「ウヒョ~、高いっ」
天守閣から各庭を見下ろし。
「このお城の裏手に在る蔵と裏庭へは・・、どうやって行けばイイのかしら~」
と、高みの見物をする様に、裏手に見える外回廊と庭を見下ろす彼女。
彼女の背後。 天守閣の部屋の中に、仏様の像が在ったりして。 其処の調査をする皇輝が。
「恐らく・・ですが。 城の北西で、中庭を抜けた先に、〔開かずの扉・無用門〕ってのが在ります。 其処を抜けるしか、他に手は無いと思いますよ」
推測の域だが、答えを聴いた佳織は。 天守閣の中に戻って、昔の木の壁に掛かる槍や刀を一つ一つ手に取り、じっくり調べ始めながら。
「然し、“ヴァーチャルリアリティ”って、プログラムの中だから何でもアリね。 この先、絶対に中世のお城だの、世界有数の高層ビルとか出て来るわ~」
安置された仏像の脇から、またカードを見付けた皇輝が。
「そうゆう処を想像すると、先が辛くなりますよ」
「そうねぇ、ハァ…」
此処で、ため息を吐く佳織だが。
「でもさぁ、皇輝さん。 古い門が在るならば、多分・・開けるのに必要なのは、やっぱり鍵でしょう? でも、昔の鍵って、どんな奴よぉ? 古いマンガに出て来る、如何にも鍵らしい奴なのかなぁ~」
その意見を聴いていながら、仏像周りをまだ見る皇輝は。
「さぁ…。 然し、我々が見た裏門には、鍵穴が見当たらなかったので。 もしかしたらこの敷地の何処かに、潜り抜けられる隠し通路が在るかも知れませんね」
その話に佳織は、ちょっと妄想欲を掻き立てられてか。
「TVの時代劇じゃ~無いけどさ。 アタシがもしも‘くの一’とかだったら、簡単に併も飛び越えたり出来るのかしら」
と、訳の解らない事を言い出した。
ステージクリアが近い割に、タイムには余裕が在る為か。 ちょっとした遊び心を動かして、こう言った佳織だが。
そんな彼女を真面目に見て、手を止めつつ固まる皇輝が居る。
その沈黙に気付く佳織は、無言で見られる事で冷静さを呼び起こされ。 返って気恥ずかしく成る。
「チョットっ、其処っ! コッチも解ってて、気を紛らわそうと冗談を言ってるんだからさっ。 適当にツッコミするとか、なんかこう・・フォローが在るでしょ~~~よぉぉぉぉ…」
‘スベった感’を丸出しで、ガックリと落ち込む佳織。
そんな彼女のイタイタしい姿をなるべく見ない様にしようとした皇輝で。
「スイマセン…」
余所余所しく、短く謝った。
だが、佳織からしたらば。
(あやっ、謝らないでぇぇ・・。 そっちに謝られたら、アタシが惨めじゃないよぉ…)
と、更にヘコむ事に成る。
遠回しに慰める皇輝に、余所余所しいから傷口が開くと絡む佳織。
だが、恐怖心と戦うには、やはり心の交流が一番なのか。 もう直ぐ休憩なのに、二人は恐怖心に縛られている様子も見えない。
いや、こうでもしないと。 ただ黙って遣る事の方が、佳織には辛いのかも知れない。
一方、皇輝が一人ならば、
“最悪の処は、自分一人が死ねばいいなら…”
と、自虐的な事を考えるかも知れない。
二人がゲームクリアに向かえるのは、意外に互いの存在がそうさせているのだろうか…。
さて、冷めた皇輝へ絡む流れから佳織は、
「う゛ぅっ、後は何処よっ! 後は何処を探せばいいのよっ」
こう呻くと。 また天守閣の外廊下から城の敷地内を見回した。 だが、プログラムか、裏門の先は黒い霧に包まれている。
一方、集めたカードを見る皇輝は、それらを眺めながらに。
「まだ調べて無い場所は、井戸と裏庭に並ぶ蔵ですかね」
その話を聞いた佳織は、腕捲りをして中に戻りながら。
「まだ最初の庭園エリアが、手付かずで残ってるわ。 早くそっちも調べる為に、ソッコーでまだ行ってない所を調べるのよっ!」
一人息巻いて、急な階段を下りて行く。
後から行く皇輝と二人は、裏庭に8棟有る‘蔵’へ向かった。
だが蔵には黒い錠前が掛かっている。 また、これまで探し回ったが、必要な鍵を見もしなかった。
佳織は、時間を無為に使うのが嫌で。
「鍵なんか無いわよっ」
苛立ちを込めて、蔵に掛かる錠前を蹴った。
すると…。
‐ ガシャン ‐
錠前の黒い部分が二つに分かれ、その錠前の中より何かが落ちた。
「へぇ?」
‘何事’と、驚く佳織。
彼女に対して、その落ちたモノを拾い上げた皇輝は。
「時には、力づくも必要ってワケですか・・。 錠前の鍵は、知恵の輪に引っ掛けて在ります」
と、それを佳織に示す。
‘知恵の輪’を見た佳織は、苦手なモノと顔を顰め。
「こっちも、力づくでどうにか成らないかな」
知恵の輪に取り掛かる皇輝は、
「どうぞ、他の鍵をやってみては?」
と、了承する。
8棟全ての鍵を錠前より取り出した佳織は、知恵の輪の解除も力づくを試みたが…。
「ダメ・・だわ」
ガックリと地面にへたり込む。
‘所詮はプログラム’
と、鍵を取り外した皇輝が。
「はい、鍵。 佳織さん、中を探して下さい」
皇輝と佳織の分業となり、佳織が次々と蔵の中を探し回れば。 チェックポイントと、カード数枚を発見する。
それから、次に井戸に向かうと…。
四角い井戸の入り口を塞ぐ、古い木の蓋を取り外せば…。
中を見るなりに皇輝は、
「‘空井戸’か・・。 然も、上に付いてるのは・・滑車じゃなくて、縄梯子。 そうなれば、中に降りずして先は無い…」
井戸の天井に括られた縄梯子を解き降ろす皇輝。
この縄梯子も見逃した佳織は、降りる気が満々と先に井戸の縁に立ち。
「先に降りるわ」
と、我先に。
皇輝としては、ゲームの中でガスもクソも無いと思い。
「どうぞ」
と、先を譲る。
佳織が下まで降りて。
「先に道が在る。 不思議なことに、松明で道が照らされてるよ」
後から降りた皇輝は、洞窟を見て。
「方向は、明らかに北側の閉められた門の方…」
方向感覚がちょっとニブい佳織は、あっちこっちと向いて。
「うわっ、良く解るぅ~」
頷き返すのみの皇輝は、視線を交わすと同時に歩き出した。
やはり、その洞窟の通路は、閉じられた門の先へ続き。 そのままトンネルを出る様に、隠されし‘離れ’へと続いていた。
二人がその先で前にするのは、五重塔を彷彿とさせる寺院で。 二人して襖を開いて中に入れば、広い畳の間が見えて。 四方の襖の黄金彩る背景が動き始め、花鳥風月の生き物や森羅万象が動き始めた。
佳織は、グラフィックデザインとしても、こんな美しい眺めは無いと。
「あらら~、凄いわ…」
襖に沿って歩き、その模様を鑑賞し始めた。
一方、皇輝も驚きながらも、歩いて部屋を探し回る。
然し、中には最後のチェックポイントが在るのみ。 カードは無く、他にめぼしいものは無い。
残り時間が25分を切る頃。 井戸から上に登り、城を囲む外回廊の東側より外へ出る。
紅葉の降りしきる石造の大階段を使って、下へ行く二人。 階段の行く先は、舞いでも披露する事が可能な、古く大きな床の間が在る場所。 苔むした石の足場、公孫樹の落ち葉が敷き詰まる地面と巨木の公孫樹、何時の間にか杜に囲まれた場所へ出た。
佳織は、階段の上から見下ろした様子と違うので。
「ゲームの中って、こんな事も出来るのね・・。 この太い柱に支えられてるこの木の広間って、能か歌舞伎の舞台みたい…」
広間に踏み込んだ皇輝は、柱以外の壁が無い様子より。
「四方から望める舞台の様ですね。 確かに、神社で行われる奉納神楽とかが似合いそうな…」
と、感想を返した。
さて、その建物を東側に抜けると、枯山水フロアにまた入った。 此処は、既に見た場所だが。 ‘山林’、‘大海’、‘山河’、‘雪山’と、自然の風景が枯山水として絵がれる。 そして、その枯山水の中央には、その四つを眺められる‘御堂’のような。 六角形の東屋が在るのだが・・。
皇輝と佳織が、その東屋に入る時。
「やぁ」
と、男性の声がする。
その声にドキッとした二人が、東屋の中で足を止めると。 東方の砂利道より、見た目は眼鏡を掛けた中年の小太りな男性で。 工場にでも居そうな作業員の格好をした、紺色のスラックスにグレーの上着を着た人物が現れる。
「う・うそ…」
四方の枯山水の狭間を貫き通し、東屋へと続く砂利道が在るのだが。 その砂利道と東屋を上り下りする石の階段前で、佳織は思わず声を漏らして硬直した。
一方、顔を厳しくした皇輝の脳裏に浮かんだのは、
(不味いっ)
この一言のみ。
だが、その眼鏡を掛けた中年男性は、気さくな雰囲気で二人に近付きながら。
「君達、フレンド同士かな? ちょっと、ゲームの感想を聴けないかな?」
と、問い掛けてくるではないか。
‘感想’などとは・・。 不安と恐怖を与えられた今の二人の状況には、その言葉など余りにも生ぬるい。
そう思った佳織は、焦りも入ってしまい。
「はぁっ?」
と、喧嘩腰とも取れる強い返しをした。
だが、目の前に来る作業員風の男性を観て、皇輝は咄嗟に。
(感想って・・、あ゛っ! この人っ、‘監視員’だっ)
と、思った。
何故、そう思ったのか。
実は、ヴァーチャルリアリティのゲームでは、プレイヤー同士の揉め事やチート行為に対抗する為。 〔監視員〕と呼ばれる職員が、ゲーム内をパトロールしている事が在る。
だが、この監視員の役目には、ゲームの感想に関するアンケートの聞き取り等、ある種の雑務も含まれるのだ。 然し、新しい職種と云うことも在り。 給料もそこそこ割高な分だけ、人気の仕事に成りつつ在った。
だが、‘イレギュラーの本体’、と云えるメフィストゥからすると。 運営サイドの関係者となるこの監視員の登場は、彼にして見れば制御の外側から異物と言って良いだろう。
皇輝と佳織は、砂利道から数十センチ高い東屋から、監視員らしき中年男性を見る体勢だが。 その人物の背後に、見覚えの在る黒い渦が起こるのを見た。
また、そろそろ馴染みとなりそうな、心臓すら震わせる独特の恐怖感が走る。 ある種の危険を感じた皇輝は、佳織が先に前へ出ようとする時。
「駄目だぁっ! 逃げてーーーーーーーっ!!!!!」
大声を出して、その監視員らしき男性へと走った。
その理由は、言わずもがな。 彼の後ろの黒い渦から、突然メフィストゥが現れたからだ。
皇輝の突然の声。
メフィストゥの出現。
両方に驚く佳織は、東屋と外の狭間に在る石の階段を前にした所で、強く息を飲んだ。
それに対して、‘何事か’と皇輝を見た、眼鏡を掛けた中年男性の肩にメフィストゥがそっと手を掛け。
「邪魔だ」
と、一言。
その瞬間だ。 肩を触られた男性がフラッと力を失って、左側の枯山水の中に倒れてしまう。
(あ゛っ! た・たお・・れ・た)
何が起こったのか解らず、メフィストゥの放つ独特の恐怖からその場を動けない佳織。
一方、枯山水へと飛び出して、男性に駆け寄った皇輝。
「大丈夫ですかっ? しっかりして下さいっ!!」
中年男性を激しく揺する皇輝は、男性を仰向かせるが。 白眼を剥いた男性は、次第に姿が薄れ行く。
消えるまで男性を見ていた皇輝は、キッと。 メフィストゥを今にも殴りそうな、怒りで満ち溢れた眼差しでもって見上げると。
「殺したのか? この・・消えた人をっ?!」
と、問い質す。
然し、まるで詰まらないと、踵を返すメフィストゥ。
「邪魔は、必要ない。 ‘安心しろ’、とは言わないが。 私は、契約と云う形の者だけを殺す。 今の女は、別の領域に飛ばしただけだ」
“女”と、メフィストゥはハッキリ言った。 詰まり、〔イリュージョンメイカー〕で姿を変えようとも。 現実世界の本人が何者なのか、彼には解っていると云う事だろう。
また、もし仮に、この倒れた人物が〔監視員〕だとしたら。 皇輝達からすれば外部に異常を知らせる、またとない機会に成る。
それでも、メフィストゥを鋭く見返す皇輝は、
「死んで無いんだなっ?」
と、怒りをぶつける様に更に問い掛ける。
此処で、顔のみ背に向けて皇輝を見下ろすメフィストゥは、純粋な怒りを持つ皇輝を見て。
「もう少し、喜ぶと思ったが? ゲームのやり方に似合わず、真っ直ぐだな」
と、彼なりの感想を寄越す。
だが、喜ばせばて貰える義理など無い、と察する皇輝だ。
「ふざけるなっ! この人が犠牲に成って、イレギュラーが外部に発覚したとしもっ。 外部からの助けで俺達が助かる保証は、微塵も無いだろうっ。 それより答えろっ! この人は、無事なんだなっ?!!」
皇輝の強い態度を見たメフィストゥは、目を細めるままに。
「・・いや、どんな形にせよ。 私と関わった以上は、徐々に生体へ悪影響が及ぶ。 誰かが私を封印しなければ、この女も。 そして、現実の世界に戻れば・・・、君達と同じ末路を辿る」
「ぐっ」
遣り場のない怒りを感じた皇輝が、本人は女性らしい倒れた者を見る時。
“邪魔は、排除した”
とばかりに、黒い渦へと去って行くメフィストゥ。
その背中を見上げた眼で追う皇輝は、また自分の肩に重荷が乗ったと思う。
メフィストゥが離れて消えると、慌てふためいて皇輝へ近付く佳織。
「皇輝さんっ、早くクリアしょ! 他の誰かに会っちゃったら、取り返しが着かないよっ。 早くっ、早くぅっ!!」
揺り動かされて、解り切っている事を言われた皇輝だが。
「何で・・こんな朝方に…」
メフィストゥと云うイレギュラーに遭遇した自分達へ。 今は、現実の世界だと早朝にも関わらず、何故に監視員らしき者が来たのか…。 聴いた話で‘監視員’は、平日の日勤のみと…。
だが、もうそろそろ二人には、二度目の休憩が目前にまで迫っている。 どんどんと広大化の一途を辿るゲームの世界観は、更に時間を必要として来る事を明白に語る。
どんな事が有っても、その場に立ち止まる事は、選択肢に無いと言われている様だった。
また…。
「あ、あぁ・・き、きえ・・ちゃった?」
急に現れた第三者。 そして、その人物を襲ったメフィストゥと。 立て続いた衝撃と、本当にメフィストゥの手に因り人が消えたこと。 短い間に起こったことに、天災に遭ったのと同じような動揺をしたのだろう。 佳織もその場へと膝を崩してしまい、自身でも気付かない内に涙が溢れて零れ落ちていた。
二人を襲った激震。 然し、タイムな無情にも過ぎて行く。
(くそぉっ! 迷う暇すら無いっ!!)
枯山水の砂を握った皇輝。 然し、掴む感触は有れども、模様が崩れることは無く。 このゲームの中では、課せられたクリア条件と仕様が法律と思える。
「・・佳織さん、行きますよ。 何が何でも、クリアしないと…」
立ち上がった皇輝は、言うだけにして砂利道を歩き出す。
(皇輝さん・・、悔しい・・の・ね)
佳織の見る皇輝の背中は、何かをまた背負った様な印象を受けた。
(見えないけど、ゲームのクリア以外に・・、命って云う枷をハッキリ背負わされたわ)
と、彼女もその意味を認識した。
「ままっ、待ってっ」
慌てて立ち上がった佳織は、縺れそうな足を覚束ないままに進めた。
そして…。
最初の、桜が咲き乱れた春のフロアへと戻って来た。
そのフロアを歩き回れば、街路樹は桜だが。 他の区分けされた庭園には、梅林、桃林、藤棚と。 それぞれの花が咲き乱れる庭園が、まるでフリーマーケットの特設ブースの様に設けられていた。
その庭園を一つ一つ回れば、鶯谷が鳴き、燕が飛び、鶲科の翠色をした鳥が枝で戯れ。 春を謳歌する花に、鉢や蝶と虫が集まる。
そんな青春真っ盛りの大庭園を探し回った二人。
目印の様にして桜散る北側の裏門には、脱出ゲートが在る。 そして、残り時間が10分を目前にして。 カードを集めた二人は、遂にクリアと休憩へ向けて最後の作業をする。
カードを差し出す佳織は、
「まだ、少し足らないみたい」
と。
一方の皇輝は、石造の台座に在るノートパソコンを開き。
「大丈夫。 答えは、もう解りました」
「じゃ、このステージもクリアね」
「はい。 また、誰かが来る前に、早く次のワールドへ移らないと」
然し、皇輝がパスワードの入力を行っていると。 突如、藤棚の在る方から。
「うわぁ~、何だ~~こりゃあっ! コミュに入った所為か、やけに広いステージだなぁ~~~」
と、酒焼けした様な男性の声がする。
皇輝も、佳織も、声を聴いた瞬間、ビクッと背筋を伸ばして互いに見合う。
「皇輝さん・・嘘でしょ?」
眉間にシワを寄せた皇輝は、佳織に。
「我々のグループに入ったのか、確認して下さい。 俺は、パスワードを入れてしまいます」
銅像を置く様な石台の上に在るノートパソコンで、皇輝がパスワードを打ち込む最中。
男性の枯れた声に続いて、少しトーンが高い女性の声で。
「私達は、何方のグループに入ったのでしょうか? 踏破率が94%に成ってますから、もうクリアする頃合いですよね」
これに、今度は若い男性の声で。
「だけどさ、発売からたった一夜で、こんなワールドまで良く来れるな~。 半日有っても、自分はワールド2が限界ッスよ」
この、三人の声は、まだ城の方向を向いている。
調べる佳織は、皇輝の“コミュ”と呼ばれるグループに、二人以外の情報が無いのを見て。
「まだっ、解らないっ」
急ぎ、パスワードを入力した皇輝は、消音機能を使ってBGMを最小化した。
警報機の音が消えて、踏み切りの上がった先に早く向かって。 コミュへの組み込みを遮断して見る気だった。
「佳織さん、行きますよ。 もう10分を切りますっ。 先にクリアして、コミュへの組み込みを止める試みをしますっ」
「うっ、うんっ」
第四ワールド最後のステージを抜けて、二人は黒い世界へと消えた…。
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