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「やっぱり結婚は考えられない。別れよう」
「え・・・? だってあなた、プロポーズしてくれたの、先週のことよね?」
「気の迷いだった。じゃあな」
誰が見ても、ろくでもない男だった。別れ話すら、待ち合わせで会った途端の立ち話。
休日の駅前とあって、見ていた奴は多かっただろう。
俺だって待ち合わせた友人と二人、まずはどこで腹を満たすかを話し合っていたところだったが、思わず目が釘付けになったぐらいだ。
――― 可哀想に。
誰もがそう思った筈だ。ずっと彼女は待っていて、現れた途端、そいつはそんなことを言って駅の中に再び消えていったのだから。
取り残された彼女の、取りすがろうとした手が行き先を失う。
俯いた彼女の表情は僅かにしか見えなかったが、やがて、ぽたりぽたりとアスファルトに落ちるものがあった。
俺も友人も、周囲にいた奴らも、そこで何事もなかったかのように話し出すことなんてできなかった。
ただ、見ていた。
声もなく下を向いて、ひとりで泣きじゃくる彼女の姿を。
赤く震える唇、そして目をこすりあげる白桃のような指先。
何より、いっそ消えてしまいたいと言わんばかりの儚げな姿に、俺は心を奪われる瞬間を知った。
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