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「すみません……今日からお世話になります」
「なに言ってるんだよ、俺ははじめから来てくれてもいいくらいだったんだから、このまま住んだっていいんだぜ」
「そういうわけには……」
こんなことが本当にあるのだろうか。
異動が決まり引っ越しの当日、入居するはずだったマンションが火事になった。
予定していた部屋は出火元の真上で、ご丁寧に大家さんが入居前に空気を入れ替えようと窓を開けてくれていたのが災いして、水浸しになった。
一応部屋の中を確認したが、水浸しの上、上がった煙をまともに受け止めてしまった部屋はひどい匂いとすすで、鼻が利きすぎることが日頃から悩みの暁人は耐えきれず、すぐそこを出てきてしまった。
今までのマンションももちろん引き払っていて、行く場所がない。暁人は途方に暮れ、異動までの忙しさもあって、どっと疲れがでてその場に崩れ落ちそうになった。
「それならうちに来ればいいじゃないか。ほとんど使っていない部屋があるから。アキは荷物も少ないし、このまま運び入れてもらおうよ」
引っ越しの手伝いをするために駆けつけてくれていた知己がそう言うと、引っ越し業者のスタッフはあからさまに安堵の表情を浮かべた。預かった荷物の行き場がなければ、次のスケジュールに支障が出るからだろう。
暁人自体もう、断る気力もなくて「じゃあ……とりあえず、それでお願いします」と知己に頭を下げた。
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