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「初めて聞いたのぅ、親父のそういう話」
後ろから声がして振り返ったら、いつの間にか、じいちゃんが立っていた。
母ちゃんが、僕の口にイチゴをひとつ押し込んで、
ひぃじいちゃんと食べ、と、
イチゴの乗ったお皿を僕に手渡した。
そのくせ、真っ先に自分がつまんで口に入れてたけど。
イチゴはおいしかったけど、僕はなんだか悲しかった。
カッコいいと思っていた運動会のソーラン節が、
ひぃじいちゃんを悲しませてるような気がしたんだ。
「ひぃじいちゃんの『ソーラン節』は、今はもう無いんか?」
「……そうじゃのぅ。
じゃが、それでええ。
ニシン漁がダメになった時に、『ソーラン節』も終わるしかなかったんじゃ。
陸でどんなに上手に歌うても、それは漁場の海で歌う『ソーラン節』とは違うけぇのぅ。
渉みたいな子が、新しい『ソーラン節』をずっと歌うて行ってくれるなら、それでええ」
ひぃじいちゃんはシワシワの手で、僕の頭をポンポン、ってしてくれた。
「おじいちゃんのソーラン節、しばらく聞いちょらんね、そう言えば」
母ちゃんが、モグモグしながら言う。
「ひぃじいちゃんの『ソーラン節』、聴きたい!」
「あ、そうか。渉はまだ聞いたことないもんね」
「そうじゃったか? まあ人前じゃあ久しゅう歌うちょらんがの」
ひぃじいちゃんは、歯のない口を開けて、ふぉふぉふぉ、って笑った。
ひぃじいちゃんは、やっぱりカッコいい。
ヨボヨボでも、片足でも、僕の大好きな『海の男』!
じいちゃんがパン!と手をたたく。
「よっしゃ!
わしが最初のお囃子を歌うけぇ!
渉、ホントの『ソーラン節』、よう聞いちょけよ。
親父、行くで。
ヤーレン、ソーランソーランソーラン……」
……ヤーレン、ソーラン…ソーラン……
……ヤーレン、ソーラン…ソーラン……
健一郎の瞼に残る暗い海に、こだまのように囃し声が重なる。
ソーラン…ソーラン…ソーラン……
「……光る大地の色冷たさよォ、
光るニシンの、…暖かさ……」
ヤサ エェエンヤーーァサーァのドッコイショ
ドッコイショ……
……ドッコイショ……
ニシンが満ちる。
月に照らされた汲船に、ニシンが満ちていく。
「ひぃじぃちゃん!
……眠ったんか?」
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