ハオエの海

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「ばいばーい」 「また明日のぅ」 校門を出て山裾を駆け下り、商店街を抜けるとすぐに、海岸に突き当たる。 潮風に吹かれながら防波堤沿いを歩いて5軒目が、僕の家。 あ、ひぃじいちゃんが今日も、窓辺の揺り椅子に座ってる。 ゆらゆらと椅子を揺らしながら、 日がな一日海を眺めてるんだ。 椅子の揺れが、船の上に似てる、って言ってた。 ひぃじいちゃんには、左足が無い。 『せんそう』で無くしたんだって。 でも杖と義足でちゃんと歩けるし、たまには僕と浜まで散歩する。 若い頃は『海の男』で、 この瀬戸内海みたいに穏やかな海じゃなくて、 もっと北の荒い海で、漁をしてたんだって。 じいちゃんも父ちゃんも海には出るけど、車エビの養殖だし、 ひぃじいちゃんとは何か違う気がする。 僕なんてさ、じいちゃんの船でちょっと沖に出ただけで、船酔いしちゃって全然手伝いできなかったのに、 片足で漁に出てたなんて、すごいでしょ。 ひぃじいちゃんは、僕のヒーローなんだ。 僕も大人になったら絶対、ひぃじいちゃんみたいな本物の『海の男』になるんだ。 「ただいまー!」 「お帰り、渉」 「母ちゃん、今度の運動会、『ソーラン節』踊るんちゃ」 「へえ。流行りじゃねぇ『南中ソーラン』。 ウチでも、ついに取り入れたかぁ」 「北海道のニシン漁の歌じゃて先生が言うちゃった。 ひぃじいちゃん、知っちょるかの」 「知っちょるも何も」 母ちゃんは笑った。 「ひぃじいちゃんは『ソーラン節』のプロぃね。 母ちゃんが子供の頃は、あちこち教えに行っちょったんよ」 「えっ、そうなん!? すげぇ、ひぃじいちゃんやっぱすげえ!!」 「あ、でも渉、」 僕は大興奮して、母ちゃんの話の続きも聞かずにランドセルを放り出し、ひぃじいちゃんの部屋に駆け込んだ。 「ひぃじいちゃん、ひぃじいちゃん!!」 「……んー?」 「『ソーラン節』の先生じゃったってホント!?」 「……っちゅうかまあ、漁場で歌うのが仕事じゃったけぇのぅ」 「やった、すっげぇ! ひぃじいちゃん今度歌ってぇよ! 運動会で踊る時に」 「……運動会で踊る? ああ、あの『ソーラン節』か」 「うん! ぶちカッコええんちゃ! 歌も録音じゃなくてナマじゃったら、絶対もっとカッコええっちゃ!」 「……渉の『ソーラン節』は、わしには歌えんぃの。 わしの『ソーラン節』とは別物じゃけぇのぅ」 「え? 違うん?」
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