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第五話
中井さんからその後の連絡が途絶えた。
年が改まった。
石原プロモーションに電話を入れた。
「中井は退社しました」と思わぬ言葉に驚いた。
不安はあった。
「富士山頂」は平凡の作品で入りも並みであった。
「ある兵士の賭け」は愚作で不入りだった。
そしてアメリカ人の監督と役者を使ったためにあちらの都合のいい契約を結んでしまった。
予算は超過し契約書に沿ってあとからあとから請求書が舞い込んできた。
中井さんはその責任を取って退職したのだ。
石原プロモーションの電話を切ると教えてもらった
ダイアルを回した。
「バリアンツです」と女性の声が聞こえた。
名乗って「中井さんをお願いします」と言った。
翌日の約束した時間丁度に神宮前のバリアンツで会った。
事務所の壁にテレビ番組のポスターが貼ってあった。
時代劇の捕物帳であった。
応接室で中井さんと会った。
「いろいろあってね」と中井さんはくどくど言わなかった。
「どうだねウチに来ないかね」とズバリと言った。
「どうしても石原プロモーションに入りたいんです」
「君も石原裕次郎が好きなんだな」
中井さんは遠い日活時代を懐かしむように言った。
中井さんこそ石原裕次郎とデビューから付き合い石原プロモーションを共に立ち上げた人物なのだ。
言わば刎頸の友だった。
「黒部の太陽と栄光への5000キロが好きなんです」
と言うと「わかった」と名刺を取り出し裏書して渡してくれた。
「これを持って志賀さんに会いなさい。連絡しておくから」
と優しく言った。
丁寧に頭を下げて辞した。
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