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声をかけてくる夢奈を無視して、少年は団地へと戻った。
いつもの道のりなのに、D棟が遠く感じる。粘着質の地面に足がとられているかのように、歩みが重い。
階段は逆にふわふわとした。スポンジの上を歩いているみたいに、足だけで歩こうとすると転げ落ちそうになる。仕方ないから、手も膝もついて、トカゲのように階段を這って進む。
息が苦しい。水を飲むのを忘れた。
喉がカラカラだ。だからこんなに体が熱いんだ。
熱い、でも、寒い。
ガタガタと震えだす体は思うように動かない。それでも何とか自分の家へと辿り着いた。
コンパクトを持ち出して壊した事など忘れていた。家に戻るということだけ、無意識に課せられた使命のように。
いつもの何十倍も重い扉。 滑る手は力も入らない。入り口に男物の靴はない。よかった。母親の靴もないけど、きっと夜は母親だけだ。
はやくベランダの洗濯物をしまわなければ。
叱られる前に、殴られる前に。やっと脱げた靴はそのままに、ベランダへ続く母親の部屋へと入って、一瞬動きが止まった。
部屋の荷物が少ない。
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