夢見る貘は揺籠で眠る

19/28
前へ
/28ページ
次へ
 からからにひび割れた唇から出た言葉は、少年の小さな叫び。  あかねの差す空は、少しづつコバルトの宵がしみていく。  体が麻痺して、苦しさも感じなくなった。  まぶたが重い。  このままこの部屋で寝てしまったら、母親が帰って来た時に怒られてしまう。  母親が、帰って来たら……  「……ぁ……」  少年は小さな声を漏らした。  極端に減った母親の荷物の意味を、少年は気付いたのだ。  少年は震える体を動かし浴槽へ向かった。  母親は帰って来ない。 でも、もし、帰って来たら、母親の部屋に居たら怒られる。いつものように隠れて見えない場所に居なければ。浴槽に居たら、いつの間にか帰ってるかもしれない。  浴槽の扉は閉まっていた。  湯船の蓋も閉じていた。  乾燥した湯船に、たっぷりの水が張ってあるような幻想が見えた。  湯船へと力尽きた体を投げ出すと、どぷんと深い深い水の底へと沈んでいく。  体を丸め、少年は目を閉じた。こぽこぽ聴こえる音は、胎内の音なのか。  生まれる前の、羊水の中で過ごした日々のような、無の世界へーー。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加