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「なっ・・・」
目をパチクリとさせて顔を上げようとすれば、後頭部を押さえ込まれる。
「な、何だよ」
ジタバタと焦る圭太を抱き締めたまま、男は平然と「大人しくしてろ。別に襲いやしない」あの低音の、腰に響く声で囁いた。
圭太はビクリと体を震わせると、思わずすがり付くかのようにシャツにしがみ付いた。
「弱味を見せることも、本音をぶつけることも悪いことじゃねぇ。お前はちゃんと、どうすりゃいいのか分かってる。ただ、色んなことが有り過ぎて一杯一杯になっちまってるだけだ」
「・・・分かったような口を聞くんじゃねぇよ。大体、何でいきなり抱き締めてんだよ」
「落ち着くだろ?」
「はぁっ?意味分からねぇよ。落ち着く訳がないだろ?男に抱き締められたって嬉しくない。俺は女が好きなんだ」
「そうかそうか。そりゃ、残念だったな」
「適当に流してるんじゃないぞ?百歩譲って男で我慢するとして、なんで相手が不審者なんだよ」
「それはもう、仕方がないって諦めるんだな」
諦めろってなんだよ。気恥ずかしくて憎まれ口を叩く圭太を、男は笑いながら軽く往なしていく。
圭太は尚もぶつぶつと文句を並べ立てながら、男の肩に額を乗せた。
夏も終わりに近いとはいえ、今日も汗ばむ程の陽気だった。男からは汗の匂いと、甘い柔軟剤の香りが漂っている。その見た目に反する甘い匂いに、圭太は少し笑った。
そして、男に抱き締められて感じるだろう嫌悪感や、暑苦しさから来る不快感よりも、体を包み込む人の体温に、心地好さを感じていた。
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