希望

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「もしもし、俺だよ。そう、もう少ししたら帰るからね。泣かなくていいんだ、待ってて」 俺が愛しているのは後にも先にも妻だけだ。だから、彼女を見たときには戦慄が走った。 妻に良く似た彼女が「愛してる」と言いながら俺の言うことを何でも聞いてくれたのは、本当に奇跡だった。 妻にそっくりな彼女に、俺たちの子供を産んでもらおう。子供を望めなくなった俺たち夫婦に彼女は僥倖だった。 だから些細な事にも気を張って、彼女にも俺たちの関係を誰にも話させなかった。尤も、彼女には親しい人なんていないようだった。肉親もいないと言っていた。だから彼女は愛してるからと言えば何でも言うことをきいた。本当に何でも。 保険証は妻のものを使わせた。愛しているから、俺の関わっているもので病院にかかってほしいと言えば彼女は嬉しそうに笑って従った。保険証が妻のものだからと言って、母子手帳の母親の欄にも妻の名前を書かせた。 少し考えなくてもおかしいと思いそうなのに、愛しているからと枕詞を付けるだけで、彼女にはどうでも良いことになるようだった。 そして妻は慎重に、悪阻に苦しむ妊婦のようにやつれ、やがて悪阻から解放された妊婦のようにふくよかになって、彼女のお腹に似せて詰め物の量を増やした。愛おしい愛おしい妻のお腹に、俺たちの子供が帰ってくる。 もしかしたら彼女は天使だったのかもしれない。妻にそっくりに生まれてきてくれて、辛そうな悪阻を肩代わりして、俺たち夫婦に子供を連れてきてくれた。 「ありがとう」 天使を小さくする度に感謝して、空っぽの冷凍庫に詰める。今度、夜釣りに行くまではここで待っててもらおう。 パタリと扉を閉めると、俺たちの子供がふにゃふにゃと泣き出した。 「おー、よしよし。母さんが家で待ってるからな~」 目元が妻にそっくりな俺たちの子供を抱き上げて、よしよしとあやす。母子手帳やら出生届やらが入った鞄を肩に掛け、さぁ我が家に帰ろう。 「ただいま~」 「おかえりなさい」 もう、あのアメーバーのようなイメージが浮かぶことはないだろう。そして数年後には、妻と俺に良く似た子供が玄関まで走って迎えに来てくれるのだ。 「お父しゃん、おかえり!」
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