わたしという存在

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「それで?」と小学校からの友人である志穂は続けた 何が「それで?」なのかなんて聞かなくてもわかってしまったこちらとしては非常にいたたまれないような、なんとも歯痒いばかりだ 「告白とかはしないの?」 「するはずないでしょ」 「いやいや倍率高いからって諦めたらそこまでじゃない 香織そこそこ顔整ってるんだから当たって砕けてみたら? それとも勇気がでないとか?」 「そこはかとないお世辞ありがとう でもあの人の幸せな未来にわたしは必要ないから」 目に見えて渋い顔をした志穂を話しは終わりだと自分の席まで追いたてる たしかに普通の女の子であれば想いをよせる人がいるのであれば、玉砕することを覚悟の上で告白するのが当たり前だ 思い人と一緒に幸せな未来を築く なるほど、一理あるし納得もできる けれどそれは相手を幸せにできる自信があるからこそ言える勇気ではないだろうか なにかしらのものを、見劣りすることのない箇所を持っている人だからこそ言える言葉なのだ 世界は“理不尽”という言葉で構成されているのだ 持っている人は全てを手に入れ、持たない人はどうあがいても何も手にすることはない ささやかな幸せは、いつか足下に咲いた草花のように踏み潰されて終わるのだろう 人の一生なんて結局はその程度なのだ わたしの人生も似たようなものだろう わたしは何も持たない人間なのだから ただ一つだけ、ありきたりでつまらない理由ではあるがわたしはあの人に恋ができた 生涯おそらく得ることのできなかったであろうこの不思議な感覚を味わうことができたのだ 醒めることなくこの温かな感覚を持って、あの人によって彩られた美しい青春時代を謳歌しているのだ これほどまでに満ち足りた日々を過ごせる人などほとんど居ないのではないかと、安易な考えが浮かんでしまうほどにここ最近のわたしは浮き足だっていた けしてあの人の側に近づくことなくただただ風に乗って聞こえてくる静かな笑う声をBGMに本を読む 今までの退屈で何もない日常など消え失せてしまったかのように、満たされていく今が慕わしい あと三年弱という短い期間で終わってしまうこの日々を、できる限りゆっくりと記憶に残していけたらと願うばかりだ .
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