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 大吾の目の前には、予期せぬ風景が広がっていた。  左右には古い時代と思われる木製の家が立ち並び、出入り口には、白や藍色の暖簾がかけられている。家屋の前を流れる用水路には、小さな橋がかけられ、脇には牛車で米俵を運ぶ男が見えた。  牛車を引く男は着物を着ていて、頭の上には笠をかけている。映画の撮影か何かなのか、辺りを見渡しても現代社会の影はない。  突然、何が起こってしまったのか。大吾は状況を確かめるために足を動かすが、瞬きをする度に目の前の風景にノイズが走り、黒く塗りつぶされていく。  次第に目の前が真っ暗になり、瞼を開けると場面が変わっていた。  今度は夜の森――。  風の撫でる草木の音が耳をくすぐる。月明りに照らされる木々は幻想的で、見上げると、木の枝の間から満月の光がこぼれていた。墨空にぶらさがる金色の月は、祭りの日に出会ったきつねの瞳を思い出させる。  腕の中には、温かな「何か」があって、大吾にはそれがとても大切なもののように思えた。抱きしめても、こぼれ落ちてしまいそうで、不安が重なって胸が苦しくなる。  失ってしまわないよう、落としてしまわないよう、優しく抱きしめる。しかし、抱えているものが何なのか、何故、大事にしなければならないのか、大吾には分からない。  大吾の身体が、足元から夜の闇に溶け、意識は再び遠くなっていく。
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