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 鴨川のほとりで、キツネにつままれた。  キツネと言っても、哺乳綱ネコ目イヌ科イヌ亜科の、あの「狐」ではない。背筋をピンと伸ばし、墨空に浮かぶ月を眺めるは、狐の面をかぶった人間であり、赤い着物に身を包んだ十歳ほどの少女である。  縦長の白面に描かれた目元には、燃え立つ朱と漆黒の化粧が絡まり、口元の紅はニヤリと笑みの形を作る。大きな耳は天に向かって伸び、右手には真っ赤なりんご飴を携えていた。  飴、アメ、雨――。  雨といえば、日中は天気雨が降った。その偶然と、対岸に踊る提灯の群れを背負う彼女の姿は、まるで怪火をまとう狐の嫁入りそのもので。しかし、周囲を見渡してみても、婚儀を祝う仲間の姿はない。  キツネは独りたたずみ、目の前の少年をジッと見つめていた。  少年――どこにでもいそうな普通の男子高校生である古町大吾(ふるまちだいご)は、お祭り騒ぎの熱にあてられ、一休みするために友人と離れて対岸に出た訳で、先客が陣取るその場所に用はない。いや、彼女の佇む姿があまりにもサマになっていたので、邪魔をしたくなかったのかもしれない。  大吾は他の場所を探すため、踵を返した。が、その足が前に進むことはなかった。 「こん」  声をかけられたのだ。
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