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かくして、古町大吾と、狐の面の少女は出会った訳であるが、その邂逅は奇奇怪怪と言わざるを得ない。何せ面をかぶった少女が「ひとつだけ、願いを叶えてやろう」などと言い出したのだ。
そんな仰々しい台詞は、物語に出てくる悪魔の甘い罠の口上でしか目にすることはない。
悪魔が求めるものは、大抵「魂」と相場が決まっているが、大吾は少女の姿を見直し、安堵の息を吐いた。何故なら、目の前に立っているのはただの少女。悪魔でもなければ、神さま仏さまでもない。テレビやアニメで覚えた口上を試したい一心の子供なのだ。
大吾は人混みにあてられた熱も冷めていたので、暇つぶしに子供の悪戯へ乗じることにした。
「それじゃあ、その面を取って顔を見せてくれないか?」
「願いはそれだけか?」
「ああ」
「子供の戯れとでも思われたか。くくく。まぁ、よい」
少女は細い指で狐の面のあご先に触れ、ゆっくりと外した。右耳の上で一本に結われた黒髪が、夏の温い風に揺れる。
少女の素顔が見えた瞬間、大吾の目は大きく見開かれた。雪原のように白くなめらかな肌も、桜色の唇も、通った鼻筋も、まだ小さな子供とは思えない人目を惹くものであり、胸を射抜かれそうになったのだ。
しかし、最も目につく箇所は別にある。少女の後ろに見える満月の色に似た、金色の瞳だ。猫のような大きな瞳のふちが、金色の瞳を囲み、五歩ほど離れた場所であっても、睫毛の差す影が見える。
想像すらできない美しいものを見かけたとき、人間は言葉を失うものなのだな、と大吾が実感している最中、少女が口を開いた。
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