10数えて

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空が茜色と葡萄色に別れて綺麗な時間。 私は今か今かと待っている。 周りは一人減り二人減りと今までのざわめきが嘘のようになっていく。 不意にドアが開き 「お待たせ~」と聞きなれた声。 私は喜び勇んで母の元へ駆け寄る。 「おかえり~」と言いながら・・・。 母は膝を床につけながら両手を広げて 「ただいま~」と言いながら、待っててくれてた。 もう茜色の空は深い葡萄色に変わり、家路につく私たちを街灯が照らし出す。 母と手をつなぎ、今日一日の出来事を話すのがいつものことだった。 家につき、玄関の前で母はいつものように 「10数えてからはいってきてね」 そういうと先に家の中へ入って行った。 私は10を数えてからドアを開ける。 そこには先ほどのように、床に膝をつけ両手を広げて 「おかえり~」と笑顔の母が・・・。 「ただいま~」と私も笑顔になっていく。 いつだったか母になぜそうするのかと聞いたことがある。 母は少し考えてこう言った。 「母は保育園であなたに『おかえり』を言ってもらってるけれど、  あなたは母の『おかえり』を聞いてないからね。」 「『おかえり』って言われたら『待ってたよ』って言われてるみたいで、  母はすごく嬉しいんだよ。」 「だから、あなたにも言いたいし、聞いてもらいたいんだよ。」 「それに、二人で入って『ただいま』しか言えないのも寂しいもの。」 そう言いながら母はわかってもらえたかどうかと、私の顔を覗き込んだ。 私は嬉しそうに手を広げる母が好きだったので、半分も理解していないのに 「わかった」と親指と人差し指で丸を作ってOKサイン。 今では私と息子の日課になっている。
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