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あれから十五年が過ぎた。
今日、私は結婚する。
あの日、とりあえず何か埋めなきゃと『お嫁さん』と書いた私の夢が叶おうとしている。本気でそんなことを願ったことは一度もないのに。
引っ越し後の生活は概ね順調だった。両親は発見された時のことを考えて実名と写真公開をしなかったため、私の存在を知る者はいなかった。ネットでは近しい人物が私の情報を晒していたようだけれど、髪を切って母の姓に変えるだけで案外気づかないものだ。
親戚は小学校の卒業間近でタイミングがよかったと言ったが、そもそもこんな事件に遭った時点でタイミングも何もないだろうと、思わず笑ってしまった。
結局、私は真相を誰にも打ち明けなかった。
大人たちは好奇の目で私を見た。既に彼らの頭の中では勝手に私の人物像が出来上がっていて、「大変だったね」とか「つらかったね」なんて物知り顔で語りかけてくる。可哀想だと涙し、汚らわしいと侮蔑する。そこで何があったかなんて知りもしないくせに。当時の私は幼いながらに、真実に意味などないと悟ってしまった。
これから結婚する相手は、私の過去を知らない。教える予定もない。
果たして真実を知らない彼は、本当の私を見ているのだろうか。
そこにいるのは彼が作り上げた私で、式を直前に迎えたこの瞬間にこんなことを考えているとは露ほども思っていないはずなのに。
私を知る者はアイツしかいない。
アイツだけが理解者であり、そして同時に私を私でない生き物に変えてしまった張本人なのだ。
でも、たった一人の理解者は、あのさむいさむい日に死んでしまった。
私を知る者は、もう誰もいない。
ウェディングドレスを纏い、私は立ち上がった。
この扉を開けると、また私は別の何かに変わるだろう。
私はこれからも、誰かが作り上げた私を演じていくのだ。
命を終える瞬間まで。
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