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五月だというのに、夜も十一時を過ぎると涼しいというよりも肌寒ささえ感じる。
武田良彦は腕時計を覗き込むと、上着のポケットから家の鍵を探していた。
自宅のあるマンションのエレベーターに乗ってからこの動作を始めると、調度いい
タイミングで三階の玄関前に到着できる。
深夜に人気のないマンションのドアの前で鍵を探す動作が怪しく思われるのが嫌だったからだ。
府中にあるこのマンションまで勤務先の新宿からは特急に乗ればおよそ三十分で着くことができる。
ゆっくりと鍵を回し静かに部屋の中に入ると、台所の灯が見える。この小さな灯が自分の部屋へと
導いてくれる唯一のものだ。静かに冷蔵庫の中から缶ビールを取り出すと、
慣れた動作で物音を立てずに自分の部屋に入った。
「ふぅ」
ネクタイをゆるめながら、倒れ込むように室内のソファーに座った。
疲れきった体の中の細胞を冷えたビールがマッサージをするかのように心地よい刺激を与えてくれた。
仕事から解放された良彦が、もっともくつろげる瞬間だった。
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