第一章 花火

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 俺にもとうとう春がきたのかと信じてた。    桐香が本気出してくれたら俺もあいつのことはもうすっきり忘れて、友達として付き合える。  きっと何もわだかまりもなくいままでと同じ生活が待っていると。  花火大会の当日。俺はおろしたての新しい浴衣姿で決めて、新しい人生を歩みだそうという気分でいた。  駅前を通る人ごみがしだいに浴衣姿の人間でごった返してくる。  待ち合わせの場所で待っていると「鶫~!」と背後から呼ぶ声が聞こえた。  桐香の声だ。やつのことだから女物の浴衣着てるんだろう。  噂で聞いたんだ。彼は浴衣はいつも女物で、かなり似合ってるらしい。  浴衣を身に纏った白い肌の桐香。そしてキリリとした山吹色の渋い浴衣を着た俺。  二人で微笑みあって巡る夜店。金魚すくいで笑い声をあげ、わたがしをほおばり、射的で遊びつつ会場へ。  花火を見るために近くの河原に寄り添うように座る俺たち。  うん。絵になると思う。俺たち似合いのカップルになるに違いない。きっと。 「お、鶫」  そのとき、聞きなれた声が聞こえて背中がぞくりとした心臓が汗をかいてる。  甘くて低くて切なくなるような声。体が着火しそうになる。俺の良く知っている声だ。  でも最近は顔を突き合わせると、どうしてもくだらない言い合いになって、そういう風にしか俺はやつと接することができなくなっていた。  振り返るとまぶしい明るめの藍色の浴衣を着た彰人がいた。少し気崩しているのがまたたまらない。俺より少しだけ背の低い彰人はそれでも175cmはある。でもついそのことでからかうと途端に膨れっ面になってしまう。 「彰人っ」 「なんだよ、驚いたような声出して。どうした」 「ど、どうしたって?」  お前こそどうしたんだ。  俺は動揺した気持ちが表に出ないようにするのに必死だった。  彰人は浴衣をさり気なく着こなして、その色めき立つ均等のとれた腕や胸元をさりげなく見せていた。  触れたくなるようなやわらかな髪を揺らしながら近づいてくる。  一歩一歩、歩を進めるたびに綺麗な筋肉のついた足がちらちらと見え隠れする。  俺は彰人のシンプルな蒼い草履の足音を立て、アクション俳優だからかその動きに無駄がない歩き姿に見ほれてしまった。
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