どうかあの花の美しさを覚えていてください

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ジリジリと灼けるような暑さの中、中山省吾は総合病院の中庭で缶コーヒーを飲んでいた。 等間隔に設置されたベンチに座ると、中央に植えられた大きな樹からたくさんの蝉の声がこだまする。 樹の根元には親指ほどの穴が所々あいている。きっとここの蝉達は、この樹から生まれてきたのだろう。 ほんの少し風が吹き、省吾の髪をかき回した。 大きな樹は、秋にはドングリができる。 去年の秋には子供達がたくさんそれを拾っていた。また今年も、秋には子供達が拾うのだろう。 「あの、すいません」 後ろから、不意に声をかけられた。 振り返ると、制服姿の少女が省吾のすぐ後ろに立っていた。 「前にも、この場所に座ってましたよね? これ、落としませんでしたか?」 その手には見覚えのある深緑のチェックのハンカチが握られていた。 「ああ……僕のかもしれない。ありがとう」 省吾は少女からハンカチを受け取った。 チェックのハンカチの隅にはS.Nと綺麗な筆記体で刺繍されている。それは間違いなく省吾の物だった。
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