仮題「赤」

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 家に帰ると、母さんが「おかえりなさい」と言って居間から顔を覗かせた。いつもと変わらない母さんに言いようの知れぬ背徳感のようなものを抱き、足早に自室へ向かう。 「……西川」  布団に身を投げ顔を埋める。まぶたを閉じて掛け布団を抱くと、頭の中でさっきまで乱れていた西川の顔、体、声、匂い、快感が蘇った。 「はぁ……西川」  クラスメートの女子の名を呼びながら、おもむろに手が股の方に伸びた。  * 「ただいま」  誰もいない空間に声だけ掛ける。鞄を雑多にリビングに放り制服のまま食卓につき、数時間前に用意された冷たいご飯に手を付ける。 「……」  静かで何もない空間で一人、味のしないご飯をもそもそと食べていると、退屈のあまり頭が勝手に石戸くんを想起する。 「……ふふっ」  ちゃんと図書室に来て、僕に無理やりいやらしい事させられたのに、今LINEで僕を犯してる彼の顔写真を送ったらどうなるだろう。彼はどんな顔をするかな、どんな反応するのかな。まあ、しないけど。 「ごちそうさま」  誰もいないのに律儀にそう言い、食器を片付けてテレビを点ける。よく小説なんかで僕みたいな病み気味な人や、ちょっと頭が周りと違うアピールしてる人は決まってテレビ番組をつまらないとかくだらないとか、流す側の気持ちや心情も知らず平然と吐き捨てるけど、僕はそんな事無いと思ってる。  少なくとも、現実世界で孤立してる僕にとってはテレビの中の世界は理想なんだ。何事にも裏があって、実は仲良くないとか実は酷い事してるとか芸能人の業界ではよくある話だけど、番組の中では大体決まって仲良しこよし。素敵な事だと思う。そういうのを見せられて不快感を示すほど捻くれてるわけじゃないし。  まあでも、僕は僕をそこまで暗いとは思わないし捻くれてるとも思わないけど、他の人から見たらきっと根暗の捻くれ者だと思われてるんだろう。普段教室で話すような人はいても友達と呼べるほど関係を深めた人っていないし。気付くとみんな話さなくなるし僕からも話に行かないし。 「あっ、良い事思いついた」  片親で夜遅くまで仕事してくれてるおかげで学校から帰った後一切人と会話しない退屈をどう凌ごうか、そんな悩みを打ち砕く妙案を思いついた。  僕はLINEを開き、クラスのグループを開き石戸くんのアカウントを追加した。
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