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「自殺願望というものは、時間の経過により、徐々に薄れて行くものです。
しかし美緒さんに関しては、そんな悠長な事を言っていられる状況ではありませんでした。
明日にも事を起してしまう可能性が十分に考えられました。
お通夜での飛び降り自殺未遂、踏切での飛び込み自殺未遂。
これらが正にその裏付けと言っていいでしょう。まず真っ先にしておかなければならない事。
それは死ぬ事の恐ろしさを美緒さんに身を持って理解して貰う事でした。
依頼事項を行う代償として美緒さんの命を頂くと言ったのは、正に他人に殺される事の恐怖を味わう事により、結果として死ぬ事の真の意味を理解して貰う為でした。
少なからずあの時美緒さんは、車の中で死の恐怖と戦っていたはずです。
初めて事務所で美緒さんの顔を見た時、表情を見てそれがすぐに分かりました。
それまで死ぬ事ばかり考えていた人が、殺されると言う恐怖を感じた途端に、生への未練が芽生えた。
あの時の美緒さんの表情は私にそう語っていたんです。美緒さんは、殺される恐怖さえ持ち続けていれば絶対に自殺しないと言う事を私が確信したのもその時です。
仮に自殺願望が蘇ったとしても、その時間稼ぎとして、雄二さん殺害犯を我々が抹殺するまでは絶対に自殺しないというもう一つの読みもありました。
どうせ死ぬにせよ、それを見届けてから死んでも遅くはありませんからね。
雄二さん殺害犯の抹殺期日を一ヶ月としたのは、自殺願望が消滅する期間が一ヶ月と判断したからです。まあ実際はもう少し早まりましたが」
美緒はエマの話をただ黙って聞いていた。
「美緒......ごめんなさい。あの時はああするしか無かった。本当にごめんなさい。ああ......」
君子は肩を震わせて泣き続けた。
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