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あの頃だって、誰かと約束して集まっていたわけではない。 みんなが知ってた、店が混めば彼に負担がかかること。 だからいつもここに来るのはこっそり一人で。 でも同じことを考える誰かが必ずそこにいて。 私たちは自然と勝手に仲良くなって、手持ち無沙汰な待ち時間を他愛もない会話で埋め、彼が出来上がった料理をカウンターに置いたら勝手にそれをテーブルに運んで、断りもなく山になった灰皿を取り換え、たまにはカウンターの向こう側に侵入して皿洗いなんかもした。 居心地の良いこの場所を守るために、もっと居心地良くするために。 ……誰か、一人くらいはいるかと思っていた。 約束なんかしなくても、ここには誰かがいるのが当たり前だと思っていた。 この空間から私一人がいなくなったって、他のみんなは当たり前にここに集まり続けるんだろうと。 私一人がいなくなったことなんかその内に忘れて、変わらずにあの頃のまま。 「――私あの頃、何頼んでたっけ」 「んー……、『いつもの』って言われてた記憶は、あるんだけどなぁ」 「あはは、じゃあ、『いつもの』」 「なんだっけ」 「忘れちゃった」 ははは、と、彼も声に出して笑った。 「じゃあ、テキトーにりっちゃんっぽいヤツで」 「わ、ありがとう」 『いつもの』が何なのかは思い出せなくても、私『っぽい』というイメージは覚えてくれているらしい。 それが嬉しかった。 あの頃は多分今よりも甘い何かを好んで飲んでいて、今の私はあの頃とは違うものを頼むのに。 彼がいう私『っぽい』がどんなものか知りたくて、任せた。
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