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「強いフリしてるけど、実は不安定」 「……ちょっと、それ」 反応に困っていると、生クリームの付いたチョコが口元に差し出された。 条件反射で思わずかじり付くと、彼はにこりと笑った。 「気を付けて、強いから」 「もう、そんなに言うなら軽いの出してよね」 「だって軽いのじゃ酔えないでしょ」 「――別に」 それじゃまるで、酔いたかったみたいで。 私は、ただ。 「ゆっくりしてって欲しいから――、俺が酔わせたいだけかも」 「ふふ、じゃあ忠告しちゃだめじゃん」 「そうか。やっちまった」 ただ、誰かに会いたかっただけで。 誰かに――あの頃の、誰かに。 「りっちゃん」 ここに来ても誰にも会えないなんて、思っても――…… 「おかえり」 ……会いたかった、だけ、で。 誰かに。 あなた、に。 「ただ、いま」 うん、おかえり、と、彼はもう一度繰り返した。 あの頃聞きたかったのは『いらっしゃい』ではなく『お帰り』で。 今になってもう一度それが聞きたくなったのは確認したくなったからだ。 年単位の空白を置いても今なお、ここに私の居場所があるのかどうかを。 「……ただいま」 テーブル客が追加注文の声をかけてきて、彼は仕事に戻る。 去り際、よそよそしくない顔で、静かに笑った。
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