第1章

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「ええか? お酒が飲める年齢になったら探しにこいよ」 飲み過ぎて真っ赤な顔をして何度も話す相手に、僕は顔をしかめながら頷いた。 近づくと酒の匂いがきつく、返事をしても相手に早く離れてほしいという口実にすぎない。 僕の返事に上機嫌になった相手は、「よし!もう1杯!」と叫ぶ相手から逃げ出した。 会うたびお酒を飲んで、生涯独身だと宣言し、祖父母からため息と拳骨を貰う僕の叔父さん。よく笑う人だけど、ごくたまに庭の木の陰で隠れて泣いているのを知っている。 「大人は大変なのかな?」 僕の疑問を近くにいて偶然聞いた祖母に、「どうしたの?」と聞かれて最近見た叔父の様子を話すと、祖母は僕の頭を撫でる。 「叔父にとっては、今少し大変ね。でも、大変だけど楽しむことが出来る人もいる」 「大変が楽しいってどういうこと?」 「お前が大人になるとわかってくるから。小さい今から考えすぎないよ」 優しく頭を撫でる祖母に、僕は頷くしか出来なかった。 それから大人になるにつれ、祖母の言葉の意味も理解できるようになった頃、僕は仕事を失った。 就職活動をしてようやく見つけた職場も、人間関係が窮屈で仕事も休日出勤が当たり前だったのに、なくなってしまえば急にできた暇な時間に戸惑った。 これからどうしようかと考えていたら、子供の頃叔父とした約束を思い出した。 お酒も飲める年齢になり、これまでの自分を振り返って大人の大変さを実感していても、祖母が言う大変さを楽しむ余裕なんてなかった。 叔父がどこにいるかわからない。これまでの窮屈さを解す時間が出来たことで、僕の中で何かが吹っ切れた。 だから旅に出た。 これからなにをするか、色んなことを始めるためにも僕は前を見ることにした。
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