LV1 嗚呼、素晴らしき堕楽園

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シャワーの温度を慎重に確かめつつ、身を清める乙女の如く温水を浴びる。いや一応乙女だが。 面倒くさがって滅多に風呂に入ろうとしない彼女であるが、いざ入るとなるとやはり気持ちが良いらしい。 「あー……今私、洗われてるわー」 泡立てたスポンジで腕を洗いながら、何故か自らの様子を実況する魔王。 よほど上機嫌のようだ。 魔王は最初に腕から洗う派だ。最初に左腕、次に右腕、そのまま上って首周りを入念に。そこからは下へ順々に洗って、右足左足と続く。 そしてここが今回一番重要なのだが、顔の落書きを洗い落とす作業である。 「クッソが……全然落ちないじゃねーかコレぇ……!」 正確には、ちゃんと汚れは落ちている。 だがそれはまるで、弟の日頃の鬱憤のようにこびりついてなかなか納得いくレベルまで綺麗にはならない。ここでもやはり弟はムカつくやつである。 「次会ったら出会い頭に鼻へし折ってやる……!」 その弟への怒りを糧に、一心不乱に顔を擦り続ける魔王の姿は、もはや狂気的ですらある。 しかしその甲斐あってか、なんとか顔の落書きを完璧に消し去ることに成功する。 「はぁー……はぁー……見たかこの野郎……!」 肩で息をする魔王は、既に両腕が限界だった。 プルプルと震えが止まらない。筋肉痛の予約を完了したサインである。 しかしそれでいて、不思議な達成感が彼女を包んでいた。連休に出された宿題を終わらせた気分。 風呂から上がったら、先ずは弟を殴ろうと強く心に誓った。
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