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爽やかな朝は、誰にでも平等にやってくるものだ。
今日も魔王城の住人が全員揃うと、朝食を食べ始める……ここまではいつもの風景。
「ねぇ、私海行ってみたいんだけど」
そんな些細な女神の一言だった。
なんてことのないこの言葉に……過剰反応した者が一名。
「は? 海行くとか正気で言ってるのか、肥溜女神」
女神の正面の席に座る勇者が、食指を止めて顔を顰めた。
「だって海よ? 広くて青くて水なのよ? 絶対楽しいに決まってるじゃない!」
誰もその謎理論を理解できなかったが、当の本人は目がきらきら輝いて楽しそうである。
とにかく寝起きでだるい魔王と、じっと待機するメイド、反論する気も起きない弟は無視し続けるが、やはりこの男だけは違っていた。
「あんなもの何がいいんだ。どこか行くなら山にしろ」
ばっさりと吐き捨てる勇者は、可哀想なものを見るような目で女神を一瞥する。
それが、火蓋を落とす合図だった。
「山なんて虫がたくさんいるだけで面白くないじゃない! その点海ときたら、水も砂もあるし遊び放題よ! 海の家だってあるんだから!」
「山の素晴らしさがわからないとは愚かだな肥溜女神! 海なんて穢れ共が群がって浸かって穢れを垂れ流した汚染水だろうがァァァ!」
食い違う互いの主張を言う声を、ムキになって大にする。
海派と山派は、ここでも相容れぬ存在だった。
「海はね、砂で城作ったり砂で体埋めたりとにかく掘りまくったり、あとスイカ割りができるのよ!」
「山は静かだしのんびりできるしマイナスイオンとかでリラックスできるし、なんと言っても静かだし!」
両者一歩も譲れぬ戦いが、そこにはあった。
そして両者ともプレゼン能力は壊滅的だった。
不毛なやり取りが続き、膠着が長引き……ついには我関せずを貫いた外野にまで飛び火する。
「クズ、愚民、小娘! あんたらは海の方がいいわよね!?」
「いーや、山の方がいいに決まってる! そうだろう!?」
凄まじい熱量を持って問う二人だが、残り三人との温度差は歴然。
「どっちでもいいわ」
「海も山もエアコンねぇだろ。エアコンとゲームのある自室が一番に決まってらァ」
「あ、あの、その……わたし、うみ、も、やま、も、わかり、ません」
完全に冷めた姉弟と、おろおろと必死に頭を下げ謝るメイド。
結局、本日もいつもの風景であった。
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