LV12 砂浜には獣が現れる

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泳げないのに海に来たがっていた女神の楽しみ方が不憫で仕方なく、弟は近くの施設で浮き輪をレンタルしてきてあげることに。 そして浮き輪を手渡すと、女神は大喜びで海に突撃して行ったのだ。 「ふふふ、これで海も怖くないわ! 存分に浮くわよーっ!」 頑なに泳ごうとはしないその後ろ向きな姿勢が、更に涙を誘う。弟の心に、何か大事なものを丸ごと落としてしまったような哀しみと虚無感が飛来するのであった。 さて、余計なことに時間を取られてしまったが、そろそろ日差しにさらされるだけなのも我慢ならなくなってきた。 魔王に至っては、既に一言も発していない。掠れた声で息をするのみで、限界を迎えているのは明らかだ。 「ようやく海に入れる……」 魔王を担いだまま、一歩足を海へ踏み入れる。 水の冷たさが気持ち良い。だがこれだけでは満足できるはずもなく、更に深いところへと歩を進める。 肩の辺りまで深いところまでくると、弟は魔王を支えていた手を離した。 「どうだ? ここなら足もつくし、適度に冷たくていいだろ」 「あぁー……まあな。海水なんかに体を浸すとか意味わからん行為だと思ってたが、こうしてみると案外悪くない」 外の気温の高さと、暴力的なまでの太陽光が、より水に入った際のひんやり感を際立てる。 それは魔王の体力さえも回復させるほど。 「にしたって日光やべぇだろ。なんでこいつらこの暑さの中あんなに騒げんの? ぶっちゃけ自殺行為だよな。そんなに死に急ぐこともねぇだろうに」 「いや……確かに熱中症は怖ぇけどさぁ。少なくともこの中の誰よりも不健康な奴に言われたくねーと思うぞ」 先程まで死にそうな顔をしていた魔王が言うのだから、妙に説得力がある。 ただしそれの原因は不摂生によるものなので、結局は自業自得と言うべきことだった。それを改善するべく無理矢理連れ出してきたが、当の本人がこの調子では健康体はまだまだ遠そうである。 「ああ!? しまった、今日の昼から新イベ始まるんだったァ! おい弟、今すぐ家に戻れ! 今しがた大事な用を思い出したッ!」 何かを思い出した魔王はバッと立ち上がり、弟の手を掴んで浜へ戻ろうと歩き出す。 その時のことだ。 「……~ッ!? アアアアッ!? あ、足攣ったァァァァァ!? ガバガボガブォ……」 「姉ちゃん!!?!?」 突然走る右足の痛みに苦悶の表情を浮かべながら、そのまま魔王の体は海へ沈んでいった。
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