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しかし、その喧嘩すら最早長続きはしなかった。
もともと疲れているところに、更に疲れるようなことをすれば、当然スタミナ切れも早い。
いつの間にやら二人は無言になっていて、魔王は弟にぐったり寄り掛かっていた。
「おい……離れろや暑苦しい。あと疲れる」
「私は梃子でも動かねーからな……」
魔王は頑なに動こうとしなかった。背後から弟の両肩を抱くように腕を回し、完全に体重を預けている。
動きにくい暑苦しい重いの三重苦だったが、魔王の意思は固く振りほどけない。このまま暴れるのも列に並ぶ他の客に迷惑だし、何よりそんな気力はもうないので結局弟は姉を受け入れた。
「つーか重いんだよ、クズのくせに……」
「ああん? 乙女に対して重いとか随分じゃねーか。だからてめーはモテねぇんだよ童貞野郎」
「お前なんて米蔵のネズミと同じだろうが」
お互いに憎まれ口を叩き込みつつも、この体勢から動こうとしないあたり、両者とも受け入れているようである。
「だけどこれ、ホントに重いんだっつの……いっそ背負ってやっから一回退け」
「そうだ、それでいい。ったく、最初からそうしろっつーのバカ弟が」
負担の軽減を名目に、弟は魔王を完全に背に乗せた。
寄り掛かられるよりはマシだが、魔王の体重分疲れることには変わりないので、弟としては早く列が動くのを願うばかりだ。
「乗り心地は最悪だが、楽でいいや。これなら今日一日楽しめそうだ」
「てめ……これが狙いか……!」
「ひゃははは、今更気付いたって無駄だぜ弟ォ! お前は私の足となってイベント会場を駆けずり回って貰うぜ! 私はさながら寄生虫の如くてめーに張り付いてやっから覚悟しなァ!」
高笑いして勝ち誇る魔王だが、もちろんそんな狙いなどはなく、こうなったのはたまたまである。
ただただ自分の足で動きたくないその一心が、この状況を作り出していた。
「……あ。あと10人くらいか? ようやくゴールが見えてきたか」
「結局1時間くれぇ並んだか? なんか無駄にクソ疲れたな」
「お前の所為だろ」
「いやてめーだろ」
ようやく先頭が視界に入り、弟はホッと一息。
だがこの姉弟は最後まで変わらない。結局、グチグチと喧嘩をしながら残りの時間を過ごし、その口喧嘩が止んだのは購入する直前になってからだった。
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