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…………
「こほん。それではあらためまして……わたくし、お兄ちゃまの妹で、テンコ=モリスギ=ベルゼクスと申しますわ。以後、お見知り置きを……ですわ」
みんなが一息ついたところで、スク水少女は咳払いを一つして、礼儀正しく頭を下げた。
向かい合う勇者も続いて自己紹介をするのだが、その直後に弟からの耳打ちが。
「気をつけろ……妹は一緒にいるととにかく疲れるヤツなんだ」
「はぁ……? 確かに奇抜な服装だが、いい子そうじゃないか。一体なんの問題が……」
「まあ、性格は基本、素直で優しい子なんだがな……」
ぱっと見で変な印象はあるものの、今のところ勇者の目から見てもおかしな言動はなく、むしろ好感触ですらある。
それなのに、その兄ときたら、なにやら複雑な表情を浮かべて言い淀んでいた。特に問題点はないように思えるのだが。
「ところでお兄ちゃま、お姉ちゃまはどちらにいらっしゃいますの?」
きょろきょろと屋敷の様子を伺っていた妹は、弟に向けて急に本題を切り出してきた。
その問いかけに、弟はあからさまな動揺を見せる。
「ね、姉ちゃんか!? ごめんなー姉ちゃんは生憎留守でなー! いやー残念だなー!」
「でしたら、お姉ちゃまが帰ってくるまで待たせていただきますわ!」
「ええ!?」
それにしても、これは動揺しすぎではなかろうか。
怒っているわけでもなく、ここまで取り乱す弟も珍しい。ただならぬ事情があるのか、と気にかかり、勇者は小声で尋ねてみることにした。
「なにをそんなに慌てているんだ? あの穢れの塊に会いたいというなら、会わせてやればいいじゃないか」
「駄目だ……少なくとも今は会わせられねぇ……! 妹のヤツ、姉ちゃんはすげぇ魔族だと思い込んでるから……今の食い過ぎで寝込んでる姉ちゃんなんて見せたらどうなることやら……!」
要するに、姉の素性バレは絶対に避けたいということである。
実の家族にそこまでする理由はよくわからないが、弟の必死さ加減を汲み取って、一先ず様子を見てみることにした。
「あー、そうだな……せっかく来てくれたんだ。勇者、応接室まで案内してやってくれ。俺は後から茶と菓子持ってくから」
「お兄ちゃまの淹れたお茶ですの!? 楽しみですわー!」
弟の提案に、妹は両手を万歳して喜んでいる。
その裏で弟が「時間を稼げ」と勇者へ目で語っていたことは、もちろん本人たちのみが知ることである。
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