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愛しのメイドが自室にいて、更に掃除までしてくれる。その事実だけで、勇者は彼史上最高の幸福を味わっていた。
自分でも自覚できるほどに顔が熱い。ゆでダコのように頬が真っ赤に染まっている一方で、頭の中は真っ白。思考能力は一時的に失われた。
「僕は今日死ぬんじゃないかな……」
「さっきまで死にかけてた奴が言うとシャレになんねーよ! てか俺らはお前を死なせないために来たんだっつーの!」
先ほどまでとは違った死因で昇天しそうになる勇者を、弟が肩を揺すってこちら側は引き戻す。
ここまでしてやって死なれてはたまらない。
「……で? なんでお前倒れてたんだ」
「いや、それが僕にもよく……部屋に入って、凄まじい穢れを感じたのは覚えているが」
「既に空気でアウトって訳な。薄々思ってたが、お前ある意味姉ちゃんより体弱ぇわ」
その話を聞いて、ますます清らな水でしか生きられない魚のようにしか思えなくなった。
どんなドブ川にでも住むことのできる魔王は、すぐに怪我をするという意味では貧弱だが、勇者とは対極の生物と言えるだろう。
「そういえば腹減ったな」
ふと、弟は空腹を感じて呟いた。
それもそのはず、掃除をしている間に、時刻は12時を回っていた。ちょうどお昼時というやつである。
「確かに言われてみれば……もう何日も絶食していたような空腹具合だ……」
「お前の場合、それが事実だからな……」
本当に勇者は倒れている間の記憶がないらしい。
それに呆れつつも、実は弟も腹の虫が鳴きそうになるのを必死に堪えている。思い返せば、彼も朝食を食べた記憶がないのだ。
「折角だ、部屋も綺麗になったことだしここで昼飯にしよう。メイド」
「はい、クロードさま」
「食材やら食器やら、諸々お前んとこから持ってこい」
「わかり、ました」
部屋の主を差し置いて、いつものように弟がメイドに指示を出す。三日間の記憶が抜け落ちている勇者にも見慣れた光景だ。
その指示を受けて、メイドは素早く行動に移す。そして、部屋には男二人が残される。
「……ごく自然に僕の部屋での昼食が決定したわけだが」
「なんだよ、メイドの手料理が嬉しくないのか」
「その件についてはありがとうございますッ!」
想い人との食事のセッティング。これをしてくれた弟に対し、思わず敬語になってしう。
弟は勇者を完全に手なづけていた。
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