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おっかなびっくり、過剰に慎重に、勇者はゆっくり玄関のドアノブを捻る。
それを開ける時も同様、音を立てぬように。
「は、はい……どちらさまでしょう……?」
もう既に腰が引けている。ありもしない幻に恐怖を抱き過ぎだ。
目を向けるのすら嫌だったが、見ないわけにもいかない。その視線を、すーっと上へスライドさせていく。
「あ、どうもこんにちは」
初めて耳にする野太い声。
鍛え上げられた丸太のような腕、ぶ厚くてたくましい胸板、黒光りする褐色の肌。
体躯は目測で2メートルはあるだろうその強面の大男が、そこにいた。
「ヒャアアア!?」
サングラスをかけ、無数のツギハギ。そんな恐ろしい風貌に、勇者は情けない奇声を発しながら腰を抜かしたのだ。
「ああ、大丈夫ですか!? どこかお怪我は……」
大男が倒れた勇者に屈んで手を差し伸べた、ちょうどその時である。
勇者の悲鳴を聞いた弟らがかけつけてきたのは。
「どうした勇者ァ! 何があったァ!?」
「おーおーまァた随分可愛らしい声出しちゃって。私を萌え殺す気かよ」
「おや……皆さまお揃いで」
突然現れた弟らに気を取られ、大男はそちらの方へ首を向ける。
サングラス越しではあるが、確かに弟と目が合った。
「みゃああああ!?」
ただ目が合う、それだけのことに、弟は勝手に気圧され勝手に慄き、そしてやっぱり情けない声を上げたのだ。
「うっせ! 騒ぐな童貞野郎! ……で? 誰だてめー」
「ああ、これは失礼しました……私、ここ南界荘の大家を務めております、アレクサンドロス=オニガシラ=ヴァーバリアーと申します。挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」
自らの弟に一喝を入れた魔王は、厳つい大男に全く動じていない。使い物にならない弟に代わって、じろりと大男へ睨みを利かせる。
不遜とも取れる魔王の態度に反し、大男改め大家の対応は極めて紳士的なそれだった。
「大家……?」
「はい。つい先日まで、実家の母の見舞いに行っていたもので……本来ならば、初日に伺うべきところだったのですが……あなた方は103と202号室の方、ですよね。皆さま同時に越して来たとのことで……お知り合いだったのですか。これは粗品ですが、どうぞ皆さまで召し上がってください」
紙袋に入ったお土産を、代表して魔王が受け取る。
その時には既に魔王の意識はお土産に向いており、大家の声は半分以上耳に入っていなかった。
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