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「……へぇー、サブレか。こういうのあんま食ったことねーんだよなー。育ちがいいからな。それと、なんと言っても育ちがいいから」
「どの口が言ってるんだ! しかも二回も!」
早速紙袋からお土産を取り出して確認する魔王の発言に、納得できない勇者のツッコミが入れられる。
「お気に召していただければ幸いなのですが……」
「ああ、たまにゃこーゆーのも悪かねぇ。ご苦労だったな」
「そうですか、それは良かった……では、私はこれで失礼します」
終始丁寧で腰の低い姿勢のまま、魔王に一切腹をたてることもなく大家は102号室を後にする。
何事もなく終えて一安心だが、側から見ているといつ怒らせてしまうかと背筋が凍りつく思いだ。
「はぁーっ……き、貴様なァ! もう少しどうにかならなかったのか、あの態度!」
安堵の息を吐くのも束の間、その不満をストレートにぶつけることに。
だが、魔王がその態度について反省する様子は微塵もない。
「あー? どうもこうもねーだろ。でもまあ、いいヤツじゃねーか。初対面で菓子献上してくるたァわかってるぜ」
「本当にあの大家の顏見てたのか!? あれはどう見ても修羅場潜ってきた顔だ! もしも怒らせたらアパートから追い出されるだけじゃ済まないかもしれないんだぞ!?」
傷とツギハギだらけの強面大男の評価がこうなってしまうのも、半ば無理もないことである。
悪い奴ではないにしろ、ただ者ではないのは確か……と、勇者はどこかで感じ取っていたからこそだ。
「とにかく軽薄な態度は慎め! おいケガサキ、貴様からもなんとか言って……」
ここで勇者は、弟への援護射撃を要請する。
……が、振り返るとそこには、立ったまま白目を剥いて失神している弟の姿。
一目大家を見ただけで、緊張と恐怖が振り切れてしまい、こうなったのだ。
「こいつも大概メンタル弱いな! ちくしょう!」
勇者は瞬時に匙を放り投げた。
「あー、もう話終わった? てか終わりでいいよな。んじゃ早速サブレ食おーぜサブレ」
その隙にも、魔王はさっさと部屋の奥へ戻ろうとしている。
……が、足元を疎かにしていたせいか、部屋の敷居の段差に躓いて転倒。
「ねえさま!!」
すぐ横でメイドが心配そうな声を上げて見守る中、勢いよくボロボロの畳へ顔から突っ込むと、その畳が派手に抜け、まるで下半身が床下から生えているようなシュールな絵面となってしまった。
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