LV28 ひそやかに月見草のように

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とある快晴の日の南界荘。 魔王城メンバーもすっかりこちらでの暮らしに溶け込んで、本日も平和な時間が流れていく。 「…………」 南界荘周辺をうろつく一人の人物を除けばの話だが。 何度も何度も同じ場所を行ったり来たり。落ち着かない様子でちらちらとアパートの方へ目を向け、時折大きく深呼吸をしている男性。 結論から言えば、この不審者の正体は勇者であった。 「ああああっ、落ち着けェ落ち着くんだ僕ッ……! まだ時間はあるじゃないか大丈夫だこの日のために何度イメトレを重ねてきたやれるやれる僕ならやれる冷静にクールにクレバーになれ素数を数えて1、2、3、4……」 血走った目でブツブツと自己暗示をかける様は、擁護のしようがない。 おまけにキャップを深く被っており、顔を隠していると見えなくもないときた。完全にアウトな光景だ。 その時、南界荘のとある一室のドアが軋む音を、彼の耳は逃さずキャッチした。 「ッ!? 予想時間より25分も早い……! ちょっと待って少し止まって、まだ心の準備が出来てな……あわわわわ」 急展開に慌てふためく勇者だが、もちろん相手は待ってくれるはずもなく。 その扉から現れたメイド服の少女は、とことこと階段を下ってくる。 「行けっ、行くんだ僕……ここで声をかけないと今までと何も変わらないぞ、勇気を出せ!」 要するに、勇者のこの不審な一連の行動は出待ちであった。 真上のメイドの部屋の生活音に聞き耳を立てたり、陰に隠れてメイドの外出時間を確認したりなど、入念な下準備をした上で今日という日に臨んでいた勇者。 たった一声、メイドに話しかけるためだけに。 「あ、あっれぇ~メイドちゃん!? 奇遇だねぇー、もしかしてこれから買い物!? 僕もちょうど買い出しに行こうと思ってたんだよねぇ! よかったら一緒に行かないかい? 荷物も持ってあげるよ!」 完璧だ! 彼は頭の中で何千回とリピートしたセリフを、噛むことなくそのまま読み上げたのだ。 だが、実際は緊張で声は上ずり、作り笑いも下手糞を通り越してかなり気色悪いことになっている。 「……!? ……!?」 そんな彼に、メイドが恐怖を覚えたのは当然のことであった。 しかも、以前のコンビニの件もあり、今のメイドは「やたらグイグイ話しかけてくる年上の異性」に苦手意識を持っている状態だ。 まさに勇者は、そんなメイドのトラウマをピンポイントに狙い撃ちしているのである。
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