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「ったく……ほんと使えないドブ雌だな。ほら、泣いてないでさっさと仕事に戻りやがれ!」
一通り罵声を浴びせ尽くした魔王は、どこか満足げな表情で言い放つと、背を向けて歩き出した。
部屋に戻るかと思いきや、どうやら階段の方へ向かっているようだ。
「ね、ねえさま、どこ、に、いくの、ですか?」
「どこだっていいだろ。ドブ雌には関係ねぇ」
涙声で尋ねたメイドの質問にも、振り返らず素っ気ない答えを返す。
この時、若干の尿意を催していた魔王は、メイドいびりを中断し、トイレへと向かおうとしていたのだ。
以前に醜態を晒してしまったこともある。二度目の失敗は許されない。
……その焦りが、魔王の注意力を削いでいた。
「あっ……! ねえさま、そこ、は……!」
階段を急ぎ足で下る魔王に、声を掛けて呼び止めようとするメイド。
……が、一瞬間に合わない。
どうやら掃除のために使用していた、水の入ったポリバケツ……それを回避したまではよかった。だがその幾つか下の段に、モップが転がっていることには気付かない。
立てかけていたはずのモップは、どうやら滑って転がってしまったらしく……魔王はそれを、思いっきり踏ん付けてしまった。
柄が丸くなっているそれは、魔王を転倒させるのには充分過ぎる要因であり……結果として、綺麗な弧を描き背中から階段に吸い込まれていく。その際に、強く後頭部を階段の角に打ち付けてしまった。
「ねえさま!!」
階段の見える吹き抜けから身を乗り出していたメイドが、思わず叫び声を上げてしまう。それほど痛々しい音が聞こえてきたのだ。
だが更にその悲劇は続く。
倒れた際に、バケツの取っ手が引っかかって倒れ、中に入った水……それも、モップを絞ったあとの汚れた水を、頭から全身に被ることとなったのだ。
更に更に、倒れた衝撃と勢いそのままに、魔王の体は階段を滑り落ちていき……その度に後頭部を角にぶつけていく。
「ね、ねえさまーーーーーっ!!!!」
ようやく止まった時には、二階に下り終えたあとだった。
全身びしょ濡れで、白目を剥いて倒れる魔王……今回、トイレに間に合ったかどうかは、きっと本人にもわからない。
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