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「おい弟、外出するから少し付き合えや」
窓を拭いていた弟は、突然の魔王の申し出に耳を疑った。
全ての思考能力をそのことだけに奪われ、雑巾を持った手は完全に停止する。
この世の何もかもを疑った瞬間である。
「おいコラ聞いてんのか童貞野郎。外出るっつってんだよ、さっさと準備しろや殺すぞ」
なんのリアクションも起こさない弟に、魔王は苛立ちを覚え口調も荒れる。
その品のない声も、ベタな不良漫画のような睨み方も、その全ては弟のよく知る魔王そのものだったが、それでも現実を受け入れられていない自分がいる。
彼の思考回路は、一周回ってショート寸前だった。
「下手な嘘を吐くなよこの偽物がァーッ! あのクズ姉貴が外なんか出たがるわけねぇだろ!」
「なんか知らんがすげぇムカつく」
最早弟から正常な判断能力は失われていた。
半狂乱になり飛び退いて、いつでも汚れまみれの雑巾を投げつけられる体勢にスタンバイ。
魔王の額に浮かぶ青筋が一つ増えた。
「とにかく金用意しとけ。30分後に出んぞ。遅れたら殺す」
弟の腹を蹴りつけながら吐き捨てる。
魔王はそのまま踵を返してどこかへ行ってしまった。
油断していた弟は、その蹴りをかわすことができずによろついて壁に背をつける。
「……手加減してくれたらしいが、ちゃんと痛みがある。ってことは現実だァー! いやっほぅ! 引きこもり脱却だぁぁぁっ!」
普段の弟なら、手を出されたら間違いなくキレて応戦していたはずである。
しかし今はどうだ。蹴られて怒るどころかむしろ喜んでいる。客観的に見てもおかしい。
「……でもなんか後が怖い。あの、あの姉ちゃんが外出なんて……雪でも降るのか? いや、最終戦争勃発で世界中に核兵器が降り注ぐんじゃ……!? せ、世界の終わりだァァァァ! 姉ちゃんのせいで征服する前にミッドガルドが滅ぶぅぅぅぅ!」
かと思えば、今度は頭を押さえて嘆き喚く。
完全に情緒不安定である。病院に連れて行かれるのも時間の問題かと思われた。
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