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「どうした? ほら、早くこっち向けよ」
「わ、わかってるわよっ!」
弟に急かされた女神は、その場でごろんと回転するようにして向き直る。
目の前には、弟の姿。直接目に移るとなると、先程とは緊張感が段違いで、女神は自身の頬が熱くなるのを感じていた。
「よし、じゃ続きやるぞ」
そんな女神の心境など露知らず、弟はなんのためらいもなく耳掃除を再開する。
耳の穴の奥までをよく見るためか、弟がぐっと顔を近づけたのがよくわかった。視線を少し上に向けると、真剣な弟の表情を見ることができる。
直接その表情を伺ったせいもあり、より自身が耳かきをされている実感が強くなった女神は、一層顔の火照りが強くなった。
「……まあ、こんなもんかな。どうだった?」
「う、うん……まあまあ、気持ちよかったわよ……」
緊張で時間が過ぎるのは一瞬のことだった。気持ちよかったという感想に偽りはないが、実際はほとんど覚えていない。
女神は、そう言いながらも、やはり弟と目を合わせることはできなかった。というより、しばらく合わせられそうもない。
だが、その時ふと女神の中にほんの少しの怒りが芽生えた。
何故自分はこんな思いをしているのだろうか? 何故自分だけが? しかも相手はよりによって特に意識したこともない弟で、その上なんで相手だけそんなに余裕そうに笑っていられるのか?
考えるほどにそれはイラつきへと変わり、同時に悔しくもある。このままでは、女神としてのプライドが自分自身を許せない。
「よし、そんじゃあメイドを部屋に帰して……」
「寝て」
「え?」
「いいからここに寝て。女神が膝枕してあげるって言ってるの。ありがたく思いなさい」
一仕事終えたような雰囲気を醸し出す弟を、女神は一言で制止した。
なにやら語気が強くなっている女神に圧されて、思わず弟は言われるがままに頭を預けてしまう。
「つ、つい言う通りにしちまったが……女神? こいつは一体……?」
「さっきのお礼よ。今度は私が耳掃除してあげる」
困惑している弟の右手から耳かき棒を奪い取り、すっかり準備万端だ。
ただならぬ女神の様子に、弟は少なからず恐怖を感じていた。
「お、おい……お前、人に耳掃除なんてやったことあるのか?」
「ないわよ。でも大丈夫、ちゃんと優しくしてあげるから」
そうは言うものの、どこか女神の口調は素っ気ない。不安な思いは煽られる一方である。
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