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「油断するなよ、ツバサ」
「誰にものを言ってますのぉ、ツカサぁ」
躾役と世話係、二人の表情は真剣そのものだ。
全身の感覚を研ぎ澄まし、確実に付近に潜む何かを探る。
その時、ガサゴソと茂みが揺れた。
「そこかッ!」
知覚したのとほぼ同時、躾役は水鉄砲の銃口を向け、即座に引き金を引く。
と、その時、茂みから隠れていた何かが飛び出し顔を出す。その姿は、妹にもはっきりと捉えることができた。
「メ……メイドちゃま!?」
その正体はメイド服に身を包んだ少女。
他の者に比べると年齢が近く、以前ミッドガルドへ行った際にも仲良くなった彼女が最初の刺客ということで、妹は少なからず動揺の色を見せる。
「人間にしては、なかなか動けるようですね」
初撃を躱されたことには感心しつつも、妹の脅威となり得る者に手心を加えるつもりはない。例えそれが、まだあどけなさを残す少女の姿であったとしても。
躾役、そして世話係は間髪入れずに水を発射。
しかしメイドも簡単にはやられてくれないらしく、再び別の茂みに身を隠す。その二人の攻撃の合間を縫って、茂みから茂みへと移動し、撹乱する。
「ちっ……水鉄砲では、攻撃の速度が間に合わない!」
「落ち着いてぇ、相手の進路を予測して撃つしかなさそうですわねぇ」
充分な距離さえ取っていれば、発射される水を見てから回避することなどメイドには造作もない。
このメイドのすばしっこさは二人も想定外だったらしく、更に射撃精度を上げるために集中を高めていく。
……だが、そうすると次は、いつのまにか気配が増えていることに気が付いた。茂みも一箇所ではなく、複数箇所が同時に揺れている。
「新手……!?」
「関係ない、全員倒す!」
躾役は攻撃の手を緩めることなく、茂みの揺れへ向かって次々水を放つ。
その精度は正確無比。次々と対象を色付き水で濡らしていく……筈だった。
「ウゥゥワン!」
「犬……!? いや、狼っ!?」
四方八方から、同時に飛び出してくる狼の群れ。統率の取れた動きで、あっというまに妹チームの三人は囲まれてしまった。
「くっ……姫様に近づくな!」
「姫様ぁ、これは一体どういうことですのぉ!?」
襲い来る狼を、護衛の二名は必死に追い払う。
だが、妙なもので、致命傷を与える気がないのか、それほど殺気を感じられないのも事実。
「確かに、この森には野生の生き物が生息していると聞き及んではおりますが……人を襲うなんて話、聞いたことありませんわ……」
この森の生物は、野生とは言うが、その実魔王軍の手によって調伏済み。だがそれは人を襲わないというだけで、それ以外の生態は野生そのもの……ここは少し小さめな自然公園のようなものなのである。
故に、この狼の行動は不可解。異変を察知するのには充分すぎた。
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