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…………
魔王と弟の決戦方法が決まってすぐに、その準備は進められた。
せっかくタイマン形式ならばと、大魔王は部下たちに簡易リングの設置を命令。その間は、一、二回戦とほぼ休みなく行われていた後継戦の、事実上初のインターバルである。
そして、その当事者たる両名にはそれぞれ控え室が与えられ、静かに集中力を高めながらその時を待っていた。同チームの者でさえ話しかけられないような、重々しい空気を纏って。
「……流石に、話しかけられないわよね。今のあいつに、なんて声をかけたらいいかわからないもの」
「そっとしておけばいい。こういう形で奴との決着をつけるのは、あいつが望んだことだからな。僕たちにできることは、もう何もない」
控え室の隅に椅子を置いて座り、瞑想する弟を見守る女神と勇者。
彼らもまた、当人たちほどではないが複雑な思いを抱えている。せっかく弟から頼りにされ、やっと対等な関係を築けたと思えば、最後の最後は自分一人でやると言う。身勝手と捉えても仕方のないことだ。
最後の戦いに臨む彼のことが心配でもあり、しかしそれ以上に信頼がある。だからこその静観。
一方、別の控え室でも、やはり魔王は部屋の隅にいた。
違うところといえば、壁を眼前にして額をくっつけ、小声で何かを呟き続けているということ。これはこれで並々ならぬものであり、声を掛けるのは憚られる。
「ねえさま、じかん、です」
そんな彼女の背に、抑揚のない事務的な声色で告げるメイド。良くも悪くも、メイドは臆さない。相手が魔王となると尚の事だ。
メイドの声が耳に入ると、魔王の呟きはピタリと止まった。そして幽鬼の如くゆらりと振り返り、そこに佇むメイドと敬礼する衛兵を一瞥する。
「……行ってくる」
「ご主人、ご武運を」
衛兵のそれは、魔王の背にそっと添えるだけ。
こんな言葉を魔王が望んでいないことはわかっている。魔王に運なんてない。あったとしてもそれは全て悪運だ。
それでもそう言わずにはいられなかったのである。これもまた、メイドとは違うベクトルの忠義故に。
簡易リングが設置し終わった中庭に、二人が現れたのはほとんど同時だった。
まるで示し合わせたかのように、魔王と弟は左右から入場。一歩ずつ互いに距離を縮めていく。決して目を逸らさずに。
「よぉ、ビビらず来たかクソ童貞。私にボコられる準備は万端かァ?」
「自分から仕掛けた勝負でビビるかよクズニートが。てめーこそ許してくれとみっともなく頭地面に擦り付ける覚悟しとけよ?」
煽り煽られるその光景は、一見普段と変わらない。
だが彼ら二人の抱える思いは、それまでの比ではない。今までの姉弟喧嘩とは重みが違う。
自身が王になる。ただ一つ共通した両者の目的が、この緊迫した空気を作り上げていた。
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